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「南桂子展 生誕100年」群馬県立館林美術館 [散 歩]

南.png

館林は少し遠いなあと思ったのだけれど、美術商のカタログをぺらぺら眺めていたら南さんの版画が出ていて、どうしても行きたくなってしまった。
で、展覧会の最終日に休みの日がなんとか間に合ったので、電車に揺られ、てくてく歩いて行ってみた。
東武伊勢崎線の館林駅からだとバスで30分ほどかかるようだったし、バスの時間もよくわからなかったので多々良駅から徒歩で美術館を目指す。
多々良駅の駅員さんがとても親切に、帰りの交通のことやら美術館までの道すじのことやらを教えてくれて、迷うことなく15分ほどで美術館到着。
お天気もよかったが、美術館の建物がのびやかにすっきりと建っていてあんまりきれいなのでしばし見とれてしまった。周囲に広がる芝生を前景に、ゆるやかなカーブを描いて建物が長く伸びている。ガラス張りの回廊(回、ではないけれど長い長い廊下である)が明るい。
アプローチに施された水面がたっぷりと水をたゆたわせて陽光を反射している。
いい美術館だなあと思う。

しかもすっかり忘れていたが、私設の美術館の企画展はたいてい1000円以上の入館料を取るのに対して、今回はなんと500円で企画展が見られた!!
公立の館はありがたいなあ!!

南桂子の出発点は童話だったらしい。
展示室でも2~3の童話を読むことが出来る。
絵の最初は油彩。
ほんの数点だけ展示されている油彩は、どれもやわらかくやさしい色あいで、どことなく現実から遊離している雰囲気。南が実際に目にしていた事物・風景であっても、彼女というフィルターを通してこんな風に見せてもらえる絵画体験と言うのは、なんともいえない不思議な感覚である。

版画も、やっぱりすてきだった。
見にきてよかったなあと心から思った。
彼女が描いたモチーフが小動物(鳥、羊、魚)や少女、樹木、そして象徴的なもの(お城や湖、海)であったことから、よく南の版画は童話的と評されるらしい。
言われてみると確かにそのとおりで、愛らしく、かわいらしくて、でもなんとなく寂しくて、現実にはないどこか遠くのおとぎの国の世界を描いたようだ。

それにしてもその童話的世界を支えているデザイン性の、なんと高いことか。
木の表現一つとっても、さまざまな省略の方法を見せている。
また、形態上の特徴を残しつつ、極力簡素化させて木や鳥や水を描いている一方で、樹木の表皮や葉、鳥の羽といった細部への緻密な描き込みにはのけぞってしまうほど。
気の長い、気の遠くなるような仕事だなあと感嘆する。

表現の模索だけではなく、技術面でも南はいろいろと試していたようである。
特に今回行われた調査では、彼女が微妙な陰影を出すためにサンドペーパーを使っていたのではないか、ということも分かったそうな。

静かな展示室で、いつまでも見ていたい展覧会であった。

図書館戦争 [本]


図書館戦争  図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫)

図書館戦争 図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫)



今さらで申し訳ないのですが『図書館戦争』を読んでみた。
周りの人々が「おもしろいよ」とお薦めしてくれてからすでに何年か経っているのですが・・・。
すみません。

そしてちょっと思い出したのでこちらをご紹介しておきます。

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)

  • 作者: 太田 直子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2007/02/16
  • メディア: 新書



不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

  • 作者: 米原 万里
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1997/12
  • メディア: 文庫



どちらも充分古い本なのですが、『図書館戦争』ととても近いところにあるような。
『図書館戦争』は法務省主導の言語狩りに対して図書館が表現の自由を守るために戦う、というフィクションの構図を取っているのですが、『字幕屋~』や『不実な~』の著者である翻訳家たちは、現実に起こるさまざまな言語をめぐる局面において、すでに「くさいものには蓋」式対処が行われるていること、そしてそんなことをしても差別などの本質的な問題は解決しないことを、(偶然にも?)揃って指摘しています。

小説家が現実をすくい取って、その歪んだ部分や真実を提示してくれるものならば、有川浩さんはとっても上手にそれをしてくれたんじゃないかなと思いました。
また、あとの2冊も軽妙でとても読みやすくて楽しくて、しかもわかりやすい良書。

ちなみに『図書館戦争』のシリーズは、とにかく出ているものをすべて読んでみたのですが、シリーズ3冊目の『図書館危機』に出てくるエピソードで、放送コードに引っかからない言葉をつかって、しかし徹底的にひとを差別し蔑む言葉に挑戦する作家がでてくるのですが、その人の語りにはずいぶん説得力がありました。
おもしろかったです。

あとは・・・登場人物たちの恋愛模様が、物語りをわくわくさせてくれて、こちらはこちらでおもしろいかな。
真っ直ぐな青春小説。



真保裕一 3冊ほど [本]

天使の報酬


天使の報酬

アンダルシア

アンダルシア

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/06/10
  • メディア: 単行本


原作本を読んでみました。
原作と映画ドラマの内容はかなり違うので、それぞれに楽しめてお得な感じです。
この国がどんなふうに動いているのか、どこに、誰の、どういう思惑があるか、といったことに思いをめぐらせながら、楽しく一気に読める。
構成が骨太で読み応えがあります。
たくさん調査をして書かれているんだろうなあ。
黒田がさまざまな問題について、ひとつひとつ地道に踏査していくさまにも興奮する。

ただ、いろいろな問題を詰め込んだ、かなり重量感のある小説で、私はこの2冊を一気に読んで、あまりの濃さに頭がくらくらしました。
映画のほうが気軽に見られるかもしれません。

いずれにせよこのシリーズは、映像でも、小説でも、また続編を作って欲しいです。
ぜひに。

で、黒田ばかり読んでいるのも偏ってしまうと思って代表作の一つらしい『ホワイトアウト』。

ホワイトアウト (新潮文庫)

ホワイトアウト (新潮文庫)

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1998/08
  • メディア: 文庫


やはりおもしろかったです。
登場する男たちがみなオトコくさいというか、それぞれに信念があるのがいい。

外交官 黒田康作 [映 画]

アマルフィ 女神の報酬 スタンダード・エディション [DVD]
外交官 黒田康作 DVD-BOX
アンダルシア 女神の報復 スタンダード・エディション [DVD]


アマルフィ 女神の報酬 スタンダード・エディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD

外交官 黒田康作 DVD-BOX

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD

アンダルシア 女神の報復 スタンダード・エディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD


職場の方が「おもしろいよー」といって貸してくれたので最初に『アンダルシア』を見たわけです。
そしたら確かにおもしろくて、シリーズを一気に借りて見てしまった。
私の個人的な感想では、ドラマ版の「外交官 黒田康作」が一番おもしろかった。

『アンダルシア』を見たときに感心したのは以下の点。

1、映像がうつくしい
スペイン、アンゴラの美しい映像満載。
風景の切り取り方も心憎い。

2、展開に工夫がある
物語展開がスピーディでさくさく話が進む一方、謎が謎をよぷ仕掛けが巧妙。
ひきつけられる。

3、音楽が壮大
うつくしい風景にIL DIVOのTime To Say Goodbyeのスケールの大きさがよく合っている。

ちょっと難があるなと思ったのは、終盤、先が読めてしまうところ。
外交官である黒田(織田裕二)とインターポールの神足(伊藤英明)がしくんだお芝居が、どうしても予定調和的。
でもこれは仕方がないのかな、という気もする。
娯楽映画はだいたい2時間くらいの尺だから、あれ以上こみ入ったことはできないかも。

ドラマ版はその点、かなり複雑な作りで、一気に見てもとても見ごたえがあってほんとうにおもしろかった。放映当時、視聴率はあまりよくなかったらしいけれど、これは毎週ちょっとずつ見るより、ある程度まとめて見たほうが断然いい素材だからだと思う。
ドラマを見てるほうは時間がたつと細かいことは忘れちゃうし、ドラマの内容が複雑であればそれだけ、ついていけなくなってしまう。(少なくともわたしは間をおいて内容が続いているドラマを見るのは苦手だ。)

薬害問題に、11年前のある女性の死をからめ、さらに偽装自殺とか政治家同士のかけひきとか、いろいろな要素が複雑にからみあっているのがほんとうにおもしろい!
ひとつひとつの謎が解けていくのが快く、また、俳優陣の熱演もいい。
それに、何より"今"をうまく切り取っているところに見ごたえがある。

黒田のセリフに
「この国のほんとうの危機は、骨抜きになった政治家たちの存在です」
というのがあるのだけれど、このセリフには多くが集約されているだろう。

事実、いまの日本は目の前にある問題をどうすることもできずにいて、例えば年金であるとか、原発であるとか、ダムの問題だとか、とにかく右往左往しているだけである。なにがだめなの?などと考え始めると、(そこにはさまざまな要素があるにせよ)政治家がもっとちゃんとしてくれればなー、とか、国がもっとしっかりしてくれてればなー、とか、そういうところへ行き着くこともままあるわけです。

もちろんすべてが政治上の問題ではないんだけど、誰もがそう実感する瞬間はたしかにあって、利権とか、自身の保身とか、そういうところにしがみついていないで、公人はもっと国民のことを考えてよ、と思う。

映画やドラマの中の黒田のセリフは、ときにそういう私たちの心の声を代弁してくれている。
やたらとカッコいい外交官なんだけれど、そのかっこよさというのは実は彼の理想を語る姿勢にも潜んでいると、私は思いました。
そこには脚本家の思いが投影されているのか、はたまた原作者、もしくは監督の思いなのか・・・。

とりあえず原作を読んでみることにしました。

「館蔵の屏風絵展」相国寺承天閣美術館 [散 歩]

無題.png

年末のお休みに入る前の、開館最終日。
御所の事務所に寄ったり、いろいろしていたら閉館まで1時間、みたいな時間になってしまった。
でも、どうしても行きたかった美術展で、見られて本当にうれしかった。
私は以前見た俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」がどうしてももう一度見たかったのだ。
初めてこの屏風を見たとき、わたしは「モダンデザインの極地」と唸ってしまって、
以来、寝ても覚めても・・・というのは大げさにしても、機会があればまた見たいなあと思い続けてきたのである。
だからこの、見るひとを「あっ」と驚かせずにはいられない省略の美と、形状の美の相備わったこの屏風が見られて心からうれしい。

画面全体を横切る明るく深い緑の道と、蔦に模した烏丸光広の手。
以前見たときには気づかなかったが、右隻に光広(だったはず)の署名が、まるでこれから蔦の細道に入ってゆく人間のように書かれていて、なんとも心憎い。
右隻と左隻を入れ替えても連続した構図となるような工夫があるらしく、細やかに行き届いた絵師の心配りもまた、心憎い。
感嘆、実にうれしい再開であった。

で、これ以外にも私には予想外のうれしい出会いがあったのだが、これはまた別のお話。
一緒に行った友人は、石川雅望の絵が出ていたことにやはり喜んでいて、二重三重によい出会いのあった展覧会であった。

石川啄木 その2 [本]




いよいよ歌集であります。
あんまり歌は読まないよ、よくわからないよ、っていう人でも、啄木の歌は分かるし、共感ができるし、詩的で、時に(というかかなりの割合で)おかしい。
天賦の才なんだと思うけれど、平易でくすりと笑える歌の数々なのに、強烈なアイロニーが効いていたりもする。そういう部分に凄みを感じます。

でも、やっぱり啄木のやんちゃっぷりはおもしろいのです。

知らぬ家たたき起して遁(に)げ来るがおもしろかりし昔の恋しさ

・・・ピンポンダッシュして遊んだんですね。
いたずらっ子ですね。

をさなき時橋の欄干に糞塗りし話も友はかなしみてしき

なんでこんなことしたんでしょうか。

人がみな同じ方向に向いて行く。それを横より見てゐる心。

佐々木幸綱さんは啄木の歌は卑近な物事を歌っているようでいて、その実抽象性が高いと指摘しています。
だから、誰が読んでも自身の経験に当てはめて考え、共感することができる、と。
人がみな・・・の歌など、今の世相に当てはめても、新しい。



啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)

啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)

  • 作者: 石川 啄木
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1977/09/16
  • メディア: 文庫


読みやすいし、「日記」と言うよりは文芸作品と言ってもいいくらいの日本語のなめらかさ。描写の確かさ。
ローマ字日記ではあるけれど、私は仮名に起してある文章を読みました。
周知のことではあるけれど、キンダイチ(金田一京助氏・言語学者)くんとはほんとうに仲がよくて、キンダイチくんの部屋で桜の花を散らかして遊び、彼をふとんに押し込めて啄木がそれを上からバタバタ叩いて自分の部屋に逃げ帰ってきたとか、なんだかやたらとキラキラしい時間があるかと思えば、「今日も××という女とねた。・・・・それから歩いて××へ行って、またハナなんとかとねた。」と、仕事を何日も何日も休んで鬱々と過ごす日々が綴られていたりする。
ともすれば一家を背負う責任から逃れたくてモラトリアムを過ごしている無責任な、ワガママな啄木のダメダメな日常の描写ではあるんだけれど、反面、お金がなくてキンダイチくんたちのように上の学校には(おそらく中学をまともに卒業していても)いけなかったであろう啄木が抱いていた、自身の才への自負、自分には何がしかの大きな仕事ができるはずだという強い思い、と、それがかなわない現実との間に起こる葛藤、というようなものが、なんとなく文面から読めるような気もします。

樋口一葉もそうだけれど、お金のない人が何とか文学によって生活を立てようとしても、それがかなり難しかったのですね。
あれほどの才をもってしても。
啄木は極貧の中で26歳で死去。

石川啄木 その1 [本]


石川くん (集英社文庫)

石川くん (集英社文庫)



石川啄木は、小さくて(身長が158cmくらい)おでこが大きくて色白でとってもかわいらしかったらしいのだけれど、一方で、けっこう生意気で天才気質でいたずら好きな性質でもあったようです。
で、枡野さんはこの愛すべき啄木に向けて、親しみを込めて「石川くん」と毎回呼びかけながら、その歌と生活についてコメントしている。
枡野さんによる啄木の歌の現代語訳つき。

例えば・・・
友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ(啄木)
→友達が俺よりえらく見える日は花を買ったり妻といちゃいちゃ(枡野さん)

では枡野さんの訳歌
目ざめてもふとんの中でぐずぐずとしちゃうダメさを責めないでママ
の元歌はなんでしょう?

絶妙なコメントも時に辛口で、時にやさしくて、ユーモアがあって笑えます。
軽く読み終えられるので入門書としてとてもよい本だ。


石川啄木 (新文芸読本)

石川啄木 (新文芸読本)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1991/01
  • メディア: ハードカバー


本の画像がないみたいなのですが、こちらは少し踏み込んで石川啄木と言う人を知るのによいです。
いろいろな人が多角的に啄木を読み解いている。
それこそ歌人から、文芸評論家から、小説家から。
資料も豊富で、それがまたとても興味深い。
明治41年、啄木から妹光子にあてた手紙。
「兄さんはあんまりえらい為に、金持ちにもなれぬし、親孝行も充分出来ない。死んだ姉さんはしかたがないし、岩見沢の姉は馬鹿者だ。お前だけでも専心親孝行してくれ。少しでもおっ母さんに心配さしたり口答へするなら死んで了(しま)へ。この兄が頼むから毎日毎日少しずつでも余計におっ母さんを慰めてくれ。そでなかつたら死ね。」
・・・・!!ひでえ!!
でも啄木という人の、なんかこう、ジャイアンみたいな一面(オレ様だけどやさしい)が垣間見られるようではないですか。
いろいろと面白かったのですが、啄木のお父さんも苦労をしたようで、はっきりとは分からないけれど、啄木の東京時代の経済を何とか支えるためにあれこれ手を尽くし、結果、寺を追われることになってしまったのでは・・・という水上勉さんの論は特に興味深かったです。
一般には「ダメな父親」のイメージが強いからこそ。

ピグライフ [つれづれ]

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今年アメピグを始めて、かなりはまってしまいました。
一時期やたらと釣りばかりしていたものですが、最近の私はもっぱら庭であたふたしています。
アメピグはちょっと前からお庭バージョンでも遊べるようになっていて、
お庭バージョンをピグライフという。
庭に木を植え、作物を育て、その収穫物で料理を作ったり洋服を作ったりします。
例えば洋服を作る場合には、
庭にコットンを植え→収穫し→糸を紡ぎ→染め→裁縫して→ようやく新たな服が着られる
という風になっている。

いろいろと機能がある分、サーバーにかかる負荷も大変なものらしく
最近のピグライフはメンテナンスばかりしている。
そしてそのメンテナンスばかりしている間に、
ピグライフではなんと家畜が飼えるようになったのでした。

私は直感した。
これは・・・!!!
牛を飼う→収穫する→肉料理を作る→みんなに食べさせる
ニワトリを飼う→収穫する→肉料理を作る→みんなに食べさせる
ということか・・・!!!
今までほのぼのと庭仕事をしてきたけれど、とうとうここまで来てしまったのだな・・・

生きると言うことは食らうことである。
食らうと言うことは殺すことである。

ピグライフ・・・
なんと真実に迫ったゲーム…!!!
たかがゲームと侮ってはいけないのである。

それで家畜に名前がつけられるのですが、
私はいずれその家畜たちは食べられるものと思い込んで名前をつけたのです。
どちらかというと悲劇的な名前がいいかと思って
「葉造」(ウシ)
「島村」(ウシ)
「大助」(ニワトリ)・・・以下略
というような感じで名づけた。
いつか食べてしまうかもしれないけど、ごめんね。
とかなんとか思いながら。
そして庭に遊びに来てくれた人たちが彼らに水やら飼料やらを与えてくれたりして時が経ち、とうとう収穫のときを迎えたわけです。
私は収穫した。

す、すると!!

ウシからは牛乳が、トリからはタマゴが収穫できるではないですか・・・・
今までそれらの食材はお店で買っていたのですが。。。。。
なんということだ・・・・!
私は彼らに男性名をガツガツつけてしまったというのに・・・
牛乳をくれる葉造。
タマゴをくれる大助・・・・。

なんだよー。
これでは悲劇ではなく喜劇ではないか。

ピグライフに翻弄されまくっている最近のなまぬるい生活でした。

川端康成と東山魁夷展 [散 歩]

img01.jpg
川端康成がその生涯において膨大な量の美術品を集めていたことは、よく知られていることなんだろうか。特に戦中から戦後にかけての作品群を読むと美術品の数々が作品中に現れているので、好きな人は知っていることなのかもしれない。
川端康成記念会が平成14年ごろから始めた「川端コレクション展」や、それに関連して明らかになった東山魁夷らとの交流が本になったりしたことで、川端と日本美術との関係は一般的に認知されるようになったのかな。

その、コレクション展が山梨県立美術館で開催されたので、見に行ってきました。
国宝「十便十宜図」(池大雅・与謝蕪村)、同じく国宝「凍雲篩雪図」(浦上玉堂)が目玉。
私はずっと浦上玉堂の絵は写真でしか見ていなくて、
その濃淡の濃い、激しいタッチ(に見える)の絵に
「こんなに激しいものが、川端は好きだったのか・・・」
とちょっとがっかりしていた部分もあったのです。
少なくともこの絵については、写真からはあまりいい部分は見えてこなかった。
けれど、今回初めて「凍雲篩雪図」を見ることが出来て、あまりの柔らかな空気に圧倒されました。
雪の降る冷たい空気、けれどもけっして尖った冷たさではない、そういう空気が画面には漂っている。それに、下から見上げる峰の大きさは、確かにずいぶん大きくて孤高ではあるのですが、大きく人を包み込むような懐の深さも感じさせます。
この絵は下から眺めるのがいいよな、と私は絵の前にしゃがみこんで長いこと見上げてみましたが、見れば見るほどいい気持ちになってしまう絵でした。
ああいう境地というか、生活って、やっぱりある種の理想な気もする。
孤独ではあるんだけれど。

川端コレクションの中で特に私が好きだったのは金農の「墨梅図」。
これはじっくり眺めているとあまりに好きだなあ、と思って涙が出てきそうだった。
黒くはっきりと描かれる花の蕊の存在感、それとは対照的に淡くふんわりと開く花弁。
すっと芸術的に伸びる幹と枝の線の、交差する影が生むうつくしさ。
花の向こう側に広がる空の、冷たい青さが思われるような伸びやかな空間造詣。
緻密な部分部分が積み重ねられ、積み重ねられして大きな画面を覆い尽くす、その生命の確かさ。
ほんとうの自然がなくとも、この寂びた一枚の絵に私は花も空も香も感じられる。
そのくらい、私はこの絵が気に入ってしまったのでした。
墨絵は不思議だ。
色の(ほとんど)ない画面に、無限の奥行きのある世界がある。
しかも逆説的に思われるかもしれないけれど、とても華やかでもある。

他にもすばらしい美術品がたくさん出ていました。
私は、川端の美術へのまなざしには信仰に近いものがある、と思う。
しかし一方で、私自身は好きだと思う美術作品にただただ惹かれてしまう、というのが正直なところで、美術品を見ていると本当に「齢のぶる心地」がするよなあと思えるんだよね。
川端の実際はどうだったんだろうか。

ちはやふる/超訳百人一首 うた恋い。 [漫 画]


ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)



『ちはやふる』については、以前から悩んでいました。
買おうかな、どうしようかな、でもみんながいいって言ってるしな・・・でもまだ完結してないから続きが気になるな・・・全部出揃ったところで一気読みしたいしな・・・
というぐちゃぐちゃした逡巡を振り切って、とうとう買ってしまいました。
『ちはやふる』。
現在までのところ13巻まで出ていて、9月に14巻が出る予定らしいです。

『ガラスの仮面』は演劇バカの天才・北島マヤちゃんのお話ですが
『ちはやふる』は競技かるたバカの天才(?)・綾瀬千早ちゃんのお話です。
キャプテン翼』はサッカーバカ?
『スラムダンク』はバスケバカ?
『キャプテン翼』は私は読んだことはないのですが、いずれの漫画の主人公たちもすがすがしいほどの熱血ぶりで、地道にシュート練習したりとか、役になりきって生活しちゃうとか、電車の中で(かるたとりの)素振りしちゃうとか、とにかく一生懸命。
ただ、『ちはやふる』は、古典的な熱血スポーツ漫画の系統を汲んではいても、扱っている題材が「百人一首」という点が少し特異なところでしょうか。

『君に届け』も、純粋でまっすぐで、そうして一生懸命な爽子ちゃんを、読んでいるこちら側も応援したくなってしまう空気がありますね。
『ちはやふる』の千早ちゃんも、同じです。
純粋にかるたが好きで一生懸命で、時々回りが見えなくなってしまうんだけれども、それでもがんばる姿が時に涙を誘うくらいです。
私は昨日この漫画を10冊ほど大人買いしてきて、今日にかけて一気に2度読みしましたが、2度とも泣いてしまいました。
かるたで仲良くなった3人が小学校卒業と同時に別れ別れになってしまうところとか、お姉さんの芸能活動のサポートに夢中になっているように見える両親が実はちゃんとちはやちゃんのことも同じように応援していたのだとか、真島君という幼馴染の、いかにも出来るゆえの苦しみとか、そういういちいちに反応してしまってぼろ泣きでした。
若い人が何かに向かって掛け値なしに頑張る姿って、今だからわかるんだけれど、とても美しいのですよね。
主人公が所属するかるた会の先生(お師匠?)が、高校生を指導するのは楽しいなあ~と言っている場面がありますが、そういう大人の視点で読むことも可能。
この漫画の面白いところは、実はそうした複眼的な視点の取り方にもあるのでは、と、漫画に耽溺しながら、私は考えてみたりもしました。
簡単に言ってしまえば、登場人物のキャラが立っていて、それぞれによく丁寧に描かれている、ということなのでしょう。

ところで須藤くんはとても人気がありそうですけれど、彼のセリフはいちいちほんとに面白いです。
「おれ、百人一首全部覚えてないやつ虫だと思ってるから」
肉まんくんと仲間から呼ばれているちょっとぽっちゃりした子がかるたの対戦相手になったときのひとこと
「焼くよ」
可笑しい…。。。



超訳百人一首 うた恋い。

超訳百人一首 うた恋い。

  • 作者: 杉田 圭
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2010/08/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


超訳百人一首 うた恋い。』
こちらも百人一首。
この漫画は百人一首の中の恋の歌に絞って、人物関係とか、歌の詠まれた状況などを解説していくものです。
絵もきれいだし、よくできた解説になっています。
ご興味があれば。

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