So-net無料ブログ作成
検索選択

アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは・・・』 [本-海外]


供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)




須賀敦子訳。
人生も半ばを過ぎた中年の男性が、若いカップルに出会うことによってその生き方を揺さぶられ、思いもかけぬ方向へと足を踏み出してしまう物語。舞台はリスボン。時代は世界が第二次世界大戦に入りつつある、緊迫の時期である。
ペレイラは小さな新聞社の文芸部長をしている男性。中年を過ぎるとありがちな、肥満などの健康上の諸問題を抱えている。妻はない。彼は本当に普通にどこにでもいる小市民的な描かれ方をしている。

私がこの作品に惹かれた理由は、おそらく須賀さんの訳が第一。淡々と描かれるポルトガルの風景、ペレイラの心情が、中年に設定された年齢の者が見るだろう実際の物事の見え方に非常によく合っているように思われて、本当にしみじみとよかったのである。
ポルトガルという国そのものも、すでに大航海時代をピークとして斜陽がかっている国であり(こういう表現は失礼だろうか)、そうした国のあり方とペレイラのあり方との不思議な合致もまた深くしみじみと切ない感興を催す。私はポルトガルのさびた部分がとても好きなのだ。

第二に、須賀さんの訳を通して見える著者タブッキに、個人的な思い込みで惹かれてもいる。彼はイタリア人ながらポルトガル語で小説を書いている。そういう所がまるで私の好きな多和田葉子氏じゃない~!とか思って。
母国語ではない言語で小説を書く、という行為はなんとなく屈折的な態度にも思われるんだけれども、越境ということ、それから自国の文化を遠くから眺めてみること、そういう視点を獲得できることへの憧憬が、私にはある。
日本人作家がドイツ語でものを書くのと、イタリア人作家がポルトガル語でものを書くのとでは、ずいぶん両者の言語の性質やら、作家の苦労やらも違うのだろうが、いずれにせよ別の箇所でも述べたとおり、私は言語に対して非自覚的な作家はいまいち信用できないと思っている部分もあるので。

そして最後にやはり、内容がよかった。これに尽きる。人生に諦念を抱いているようにも見える「文芸」を愛する人間が「死」のことについて考えをめぐらせ、また一方では若い情熱に自覚なきまま巻き込まれていくという、ペレイラの態度が、とても説得力のあるものであった。
本書はタブッキの最高傑作らしい。原語で読めればなあと思う。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。