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出光美術館 麗しのうつわ展 [散 歩]

美術館に行くのは全然苦にならないのです。
仕事をするのはイヤなんだけど。

とりあえず腹ごしらえをしてから、と思って、池の端 藪蕎麦へ行く。
風情のある店構えに、さっぱりと気持ちのよい接客で、蕎麦好きが集まってくるお店らしかった。
男性の一人客があちらにもこちらにも座っている。
だいたいお酒を飲んでいるのだ。
一品料理をいくつか頼んで、自分の好きなペースで杯を重ねる。
おもむろに最後の〆として、ざる蕎麦を頼むのがツウらしい。
・・・でもね、私は普通に食べますよ。
昔から自分の嗜好は若者らしくないと感じてきたけれど、そろそろ脱若者ができそうな年になってきたのが嬉しくもあり、悩ましくもあり。
微妙なおとしごろなのである。
蕎麦はおいしかった。

出光美術館は学生時代からお世話になっている。
出光だったか、サントリーだったか、かつて青い陶磁器を集めた展覧会をしたことがあった。
あのとき出品されていた日本の江戸時代の酒器(お酒を入れて持ち歩くもの、コルク様のふたをする)の美しさが、10年(以上)経った今でも眼に焼きついている。
トルコの焼き物などもあの時初めて眼にして、「ずいぶん美しいものなのだな、、、、」とウットリしたのだった。

今回は収蔵作品を「日本やきもの名品展」と題してセレクト。
あらためてこの館が保有するコレクションの質の高さに驚かされるわけです。
乾山の和歌のお皿。
定家の歌を十二ヶ月の季節になぞりつつ、そのモチーフを絵にしている。鳥がいつも描かれており、静止画のなかに小さな生命があることで、少し変化が生まれるようだ。
百人一首の和歌皿も。
一首につき、2枚一組。全部で10客。
特に小野小町の「花の色は・・・・」のお皿が印象的だった。ただ山と桜だけ、描かれている。
それだけだけれど、じっとお皿を見ていると景が広がってゆくような感覚がある。おもしろいものです。
兄である光琳とコラボレートした絵皿もすごい。
光琳の描いた竹の葉の、今、筆をおいたような鮮やかさ。まだ湿っているようにも見える艶やかな筆跡が実にうつくしい。
重文「錆絵染付金銀白彩松波文蓋物」。
何がすごいって、その解説のキャプションが。笑
「金銀に染付け、まばゆい白彩を重ね、打ち寄せる波、風にゆれる松林とともに、うつわのかたちに昇華させた松風の音や、その清清しい香り、砂浜の手触りを思わせて、五感に響く傑作である。」
ポエムだな~。詩人だな~。
こうした感性豊かなキャプションが随所にあって、読んでいるだけで面白かったです。
残念ながら図録の解説はここまで詩的じゃないんだな。

仁阿弥道八の「桐一葉形皿」。
蒔絵の十種香道具。
衝撃的な美しさ、造形美であります。
この間、魯山人の展覧会を見てきましたが、彼はこういう旧くてうつくしいうつわをかなり模しているのだろうと思う。

猿投(なげ)窯からはじまって、瀬戸、美濃、唐津。
やはり私は黄瀬戸のやわらかな肌合いが好きだ。
美濃の志野。鼠志野のあたたかくも渋い味わい。
ほっこりと造りっぱなしたようなぬくみの、丸みのまさる造作。
唐津の厚み。
みんなみんないい。

肥前、鍋島、古久谷、柿右衛門。
古久谷の、びっくりするほど濃い緑。くねくねと不可思議に繰り返されるパターンに、イラストのようなポップな動物の絵。かと思えば、余白の美しい、一幅の絵のような絵皿もある。
大胆で、けれど飽かずいつまでも眺めていたい色彩の遊びが印象的である。

板谷波山の彩磁。
うすい透明なヴェールで包んだような、手の届きそうで届かない、そんな味わいの釉の、けれど形はあくでも芸術的に美しいうつわものが数点。
のどから手が出るほど「欲しい!!」と思うけれど、かなわぬことである。
この方の天目茶碗も2点ほど出ていて、なんとまあ、うつくしいこと。
ぽつぽつと出る斑の小さな上品さ。

長次郎「黒面翁」。「僧正」。
導入「酒呑童子」←銘がイイ!!笑 「此花」。
こういうものを見ていると、まあ、時代も違うけれど、光悦の茶碗がいかに芸術的か、ということがわかるようにも思うのです。形が全然違うのね。

ほかに目玉の重文「色絵芥子文茶壷」。
正月に見たシアトル美術館蔵の「竹に芥子図」(狩野重信)を思い出す。




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