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川端康成と東山魁夷展 [散 歩]

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川端康成がその生涯において膨大な量の美術品を集めていたことは、よく知られていることなんだろうか。特に戦中から戦後にかけての作品群を読むと美術品の数々が作品中に現れているので、好きな人は知っていることなのかもしれない。
川端康成記念会が平成14年ごろから始めた「川端コレクション展」や、それに関連して明らかになった東山魁夷らとの交流が本になったりしたことで、川端と日本美術との関係は一般的に認知されるようになったのかな。

その、コレクション展が山梨県立美術館で開催されたので、見に行ってきました。
国宝「十便十宜図」(池大雅・与謝蕪村)、同じく国宝「凍雲篩雪図」(浦上玉堂)が目玉。
私はずっと浦上玉堂の絵は写真でしか見ていなくて、
その濃淡の濃い、激しいタッチ(に見える)の絵に
「こんなに激しいものが、川端は好きだったのか・・・」
とちょっとがっかりしていた部分もあったのです。
少なくともこの絵については、写真からはあまりいい部分は見えてこなかった。
けれど、今回初めて「凍雲篩雪図」を見ることが出来て、あまりの柔らかな空気に圧倒されました。
雪の降る冷たい空気、けれどもけっして尖った冷たさではない、そういう空気が画面には漂っている。それに、下から見上げる峰の大きさは、確かにずいぶん大きくて孤高ではあるのですが、大きく人を包み込むような懐の深さも感じさせます。
この絵は下から眺めるのがいいよな、と私は絵の前にしゃがみこんで長いこと見上げてみましたが、見れば見るほどいい気持ちになってしまう絵でした。
ああいう境地というか、生活って、やっぱりある種の理想な気もする。
孤独ではあるんだけれど。

川端コレクションの中で特に私が好きだったのは金農の「墨梅図」。
これはじっくり眺めているとあまりに好きだなあ、と思って涙が出てきそうだった。
黒くはっきりと描かれる花の蕊の存在感、それとは対照的に淡くふんわりと開く花弁。
すっと芸術的に伸びる幹と枝の線の、交差する影が生むうつくしさ。
花の向こう側に広がる空の、冷たい青さが思われるような伸びやかな空間造詣。
緻密な部分部分が積み重ねられ、積み重ねられして大きな画面を覆い尽くす、その生命の確かさ。
ほんとうの自然がなくとも、この寂びた一枚の絵に私は花も空も香も感じられる。
そのくらい、私はこの絵が気に入ってしまったのでした。
墨絵は不思議だ。
色の(ほとんど)ない画面に、無限の奥行きのある世界がある。
しかも逆説的に思われるかもしれないけれど、とても華やかでもある。

他にもすばらしい美術品がたくさん出ていました。
私は、川端の美術へのまなざしには信仰に近いものがある、と思う。
しかし一方で、私自身は好きだと思う美術作品にただただ惹かれてしまう、というのが正直なところで、美術品を見ていると本当に「齢のぶる心地」がするよなあと思えるんだよね。
川端の実際はどうだったんだろうか。
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