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石川啄木 その2 [本]




いよいよ歌集であります。
あんまり歌は読まないよ、よくわからないよ、っていう人でも、啄木の歌は分かるし、共感ができるし、詩的で、時に(というかかなりの割合で)おかしい。
天賦の才なんだと思うけれど、平易でくすりと笑える歌の数々なのに、強烈なアイロニーが効いていたりもする。そういう部分に凄みを感じます。

でも、やっぱり啄木のやんちゃっぷりはおもしろいのです。

知らぬ家たたき起して遁(に)げ来るがおもしろかりし昔の恋しさ

・・・ピンポンダッシュして遊んだんですね。
いたずらっ子ですね。

をさなき時橋の欄干に糞塗りし話も友はかなしみてしき

なんでこんなことしたんでしょうか。

人がみな同じ方向に向いて行く。それを横より見てゐる心。

佐々木幸綱さんは啄木の歌は卑近な物事を歌っているようでいて、その実抽象性が高いと指摘しています。
だから、誰が読んでも自身の経験に当てはめて考え、共感することができる、と。
人がみな・・・の歌など、今の世相に当てはめても、新しい。



啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)

啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)

  • 作者: 石川 啄木
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1977/09/16
  • メディア: 文庫


読みやすいし、「日記」と言うよりは文芸作品と言ってもいいくらいの日本語のなめらかさ。描写の確かさ。
ローマ字日記ではあるけれど、私は仮名に起してある文章を読みました。
周知のことではあるけれど、キンダイチ(金田一京助氏・言語学者)くんとはほんとうに仲がよくて、キンダイチくんの部屋で桜の花を散らかして遊び、彼をふとんに押し込めて啄木がそれを上からバタバタ叩いて自分の部屋に逃げ帰ってきたとか、なんだかやたらとキラキラしい時間があるかと思えば、「今日も××という女とねた。・・・・それから歩いて××へ行って、またハナなんとかとねた。」と、仕事を何日も何日も休んで鬱々と過ごす日々が綴られていたりする。
ともすれば一家を背負う責任から逃れたくてモラトリアムを過ごしている無責任な、ワガママな啄木のダメダメな日常の描写ではあるんだけれど、反面、お金がなくてキンダイチくんたちのように上の学校には(おそらく中学をまともに卒業していても)いけなかったであろう啄木が抱いていた、自身の才への自負、自分には何がしかの大きな仕事ができるはずだという強い思い、と、それがかなわない現実との間に起こる葛藤、というようなものが、なんとなく文面から読めるような気もします。

樋口一葉もそうだけれど、お金のない人が何とか文学によって生活を立てようとしても、それがかなり難しかったのですね。
あれほどの才をもってしても。
啄木は極貧の中で26歳で死去。
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