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三島由紀夫『憂国 映画版』、DVD「憂国」 [映 画]

639.jpg 決定版 三島由紀夫全集〈別巻〉映画「憂国」

※「憂国 映画版」は画像です。全集版の方はAmazonへ飛びます。


なんだか三島祭りみたいになっていますが、これで一旦終了です。

三島由紀夫にとって、「おススメは」と尋ねられたら、まずこれを読んで欲しいという意識があるらしく、先に取り上げた「川端康成と三島由紀夫」でも、本人がそんなことを言っていたと記憶している。
それで「憂国」。
原稿用紙に換算すると、ほんの50枚ほどの小品だが、三島のすべてが詰まっているのだという。
筋はそんなに入り組んではいない。2・26事件のときに、反乱軍の仲間たちを討たざるを得なくなった主人公が、妻とともに自決するお話。
友人たちはクーデターを起すに当たって主人公を誘わなかったのだが、それは彼にうつくしい妻がいただめだ。主人公はそれをわかっていて、友人と国家との間に死を選ぶ。
この主人公の中尉と妻の麗子さんの、若くてとても美しい様子が描かれる冒頭から、最後の主人公の切腹シーンまで、三島らしい華麗なことばが巧みに配置されつつ物語は進んでゆく。
のちに三島はこの作品にこだわるあまり、自分でお金を出し、人を集めて秘密裏に映画を作ってしまった。
原作、脚本、監督、主演、ぜんぶ三島由紀夫である。
「映画版」にはその映画のカットが写真で収められており、本の最後には三島による映画製作の動機と経緯がつづられている。
この最後の部分がとてもおもしろくて、三島というひとがどれほど饒舌であったか、どれほど無邪気でかわいらしいひとだったか、ということがこの部分から垣間見られる。
無邪気、とか、かわいらしい、という表現はこの場合あまり適切ではないかもしれないが、わたしにはなかなかこれに代わることばが見つけられない。

三島は「憂国」のことをつらつら考えているうちに、他のひとには監督もさせたくないし、主役もはらせたくない、なんだか自分がどうしてもこの映画を作りたくなってしまった、らしい。
それでプロデューサーを頼んだり、舞台美術を考えるのも一苦労、困難が多々あった上に、相手役の女優探しもこれまた困難を極め、ようやく自分のイメージにふさわしい女性を見つけた。
そこで彼女につけた芸名が「鶴岡淑子」。
鶴岡八幡宮の古典で風雅なイメージを連想させ、さらに貞節でうつくしい女性らしい「淑」の字を使った名前がいいと、三島自身が考えたものだ。
鶴岡・・・
そうか~~

血なまぐささとは縁のない能舞台を使って、そこに派手に血の海を作ろうと考えて高揚し、全編をおおうワグナーの「トリスタンとイゾルデ」の尺にあわせた台本を、分・秒の単位で書き上げる。
セリフのない映画のため、筋の説明をするキャプションがときどき入るのだが、それも全部三島自身の直筆である。
ちなみに舞台の中央に掲げてある「至誠」の掛け軸も三島自身の手によるもの。部下を思って高位の武官が書いたように見えるよう、工夫をしたと説明がある。
(さらに、後に映画が出来上がって海外で公開するためにプレスシートを各国語で出したときも、この「至誠」は、三島が何枚も何枚も全部手書きで書いたと言う。)

とにかく、「何のために何をした、どんな風にどんな苦労をした」ということが、事細かに書き記されている。
撮影期間が短かったこと。
2・26のころの青年将校が着る軍服が見つからず、足を棒のようにして各所を尋ね探すがさっぱりだめで、特注で作ったこと。
帽子は最後の軍帽職人さんを探し当てて無理にお願いして作ってもらったが、(ここからが面白い)、その職人さんは高齢と言うこともあり、体調不良をかこっていたのを、三島の注文に奮闘してしまって、帽子を作り上げた後はすこぶる調子がよくなってしまったのだとか。なんだか、漫画のようなんですけど・・・ほんとうかな。
弁当くらいいいものをスタッフに食べさせたかったのに、プロデューサーがお金は大事だぞ、と言ったのでしぶしぶ言うことを聞いて安い弁当にしたこと。
主人公が切腹したあと、その脇を通り過ぎる夫人の着物のすそが、中尉の頭から転がり落ちた帽子に触れて、帽子がぱたっと倒れる演出はよかった、というような感想もあった。

いよいよ映画が完成して、国内で映画会社の重役とともに試写をしたとき、「三島くん、おそれいったよ」と言われたとか、海外に作品を出した後もだれそれにほめてもらえた、というようなことが一生懸命書いてあって、ここらへんはとても無邪気な三島である。

そんなこんなが、みっしりと書いてある。
ファンにはたまらないのだろうな、と思いました。

「映画版」を読んだついでに、職場の方のご好意によりお借りしたDVD「憂国」も見た。
「映画版」で予習をしていたのでわりあい、面白く見られました。
30分に満たない短編映画。
これが海外でかなり高い評価を受けたのだなあ。
DVDは新潮の全集に収録されています。


決定版 三島由紀夫全集〈別巻〉映画「憂国」


川端康成と三島由紀夫 伝統へ、世界へ [本]

137b.jpg

去年、鎌倉文学館で開催していた展覧会の図録。
ミュージアムショップで購入できる。

川端は三島より26歳年上で、川端が三島を見出し、作家として導いたと言っても過言ではないのだろうが、三島も川端も、意識の上では師弟という思いはなかったようだ。
三島は死ぬまで川端を「川端さん」と呼び、また一方の川端も三島については「師友」と言っていたという。

二人の出会いから三島の死までを主軸とした展覧会であったのだろうが、図録を読んでいて興味深かったのは、川端が三島にノーベル文学賞の推薦文を依頼しているところ、だろうか。つねづねお手をわずらはせて恐縮ですが・・・というような書き起こしで「のおべる賞」の推薦文をひとつお願いします・・・という手紙が図録に掲載されている。
川端は三島の批評の力をつねづね高く評価していたらしい。
私は苦手意識が先に立ってしまって、三島の文章にはあまりなじみがないのだが、図録に収録されているこの推薦文をはじめとして、彼の批評の文章の絢爛さには、圧倒されてしまいました。たしかに人をうっとりさせる、ことばの巧みさが三島には、ある。
その批評力の確かさを、絢爛な文章を、たのむところが川端にはあったのだろう。

一方の三島は同じ頃、自分もまたノーベル文学賞の候補者になっていると言う自覚があった。
で、川端の受賞の知らせを聞いて大変に喜び、すぐさまお祝いの文章を書いて、川端邸に向かうそのタクシーの中で、日本にノーベル賞が来るのは少なくとも10年は先だろうとつぶやいたらしい。
この国際的な賞を、二人は競っていたのだった・・・。

川端の国際ペンクラプ副会長就任とか、三島の「宴のあと」事件とか、ふたりがそのときそのときをどんな風に過ごしてきたか、それが彼らの後の人生をどんな風に決定していったのか。
丁寧に二人の奇跡を追った図録です。
展覧会も見たかったなあ。
後の祭りだけれど。

三島由紀夫の家 [本]

三島由紀夫の家 普及版

三島由紀夫の家 普及版



三島由紀夫という作家についての私のイメージは、饒舌な人、自己陶酔の人、自意識のあふれ出ている人、というような過剰さに集約され、それがいつも私を「お腹いっぱい」にしてしまう。だから『仮面の告白』も『金閣寺』も、今まで挑戦してきたほとんどの作品を、私は途中までしか読めなかった。好きな歌舞伎でも、三島脚本の『椿説弓張月』では、白縫姫の残酷シーン(お琴を弾くお姫様の前で裏切り者が折檻されるシーン、杭を肉体に打ち込み、血がだらだら流れる)が、これまた仰々しく、長々しく、かつまた生々しく、「三島はここを見せ場と考えていたんだろうなあ・・・」と思うともう、なんだかどっと疲れてしまう。
作家というのはある種の過剰さを持つひとなのであろうし、もっと言えば芸術家とは一般的に考えられる範疇には決して収まらない人々なのだろうから、誰もが同じような要素を持つはずなのに、やはり私は三島由紀夫が苦手なのである。

この写真集は、篠山紀信さんが撮った1000枚以上の三島邸の写真から編んだもので、今は普及版として小さなものが出回っている。
写真の美しさもさることながら、細部までこだわった三島の美意識が、家のいたるところに垣間見られ、つくづく感心してしまう。
例えば盛装した人々が庭でお茶を飲んでいる写真。
庭に面して連なるガラスの扉を背に三島はバルコニーに席を取り、庭でゆったりとくつろぐ来賓たちの中、あたかも王様のような雰囲気をかもし出している。
玄関、、応接室、居間、3階から見る景色。
どれをとっても大変ぜいたくで、ひとつひとつの家具・小物がこだわり抜かれて配置されている。玄関の照明器具は、そういえば庭園美術館の朝香宮邸でよく似たものを見たように思うし、自ら特注で作らせた応接室のテーブルなどは、(「Y・M」のイニシャルがなければ)洗練された上品な造詣である。
西洋風の趣味のよい古い調度。
贅沢な空間。
こんなところで営まれる「生活」が、ほんとうにあったのだ、と思うと、そら恐ろしくさえ感じる。

ただ、芸術的な家である一方で、それが三島という人の個性なのか、ところどころに「えっ!」とびっくりさせるそぐわなさとか、ぎょっとさせられるほどの家主の自信などが垣間見られるのも事実。それはなんとも言えないユーモラスさにも通じます。
例えば、庭のアポロン像。私はやや引きました。
大江の『性的人間』に出てくる海辺の家の庭に立つアポロン像を思い起こしたりして。三島自身がそのアポロン像の下に立つ写真を篠山さんは撮っていて、
「それって、自分はアポロンだぜっていうことなんだろうな・・・」
とやっぱり思ってしまいます。
そのアポロン像の足元に施されているきれいなモザイクタイルは長さ15cmの大理石だそうで、つまりは15cmの長さで地中に埋まっているというぜいたくさ。
こだわりがあるのだなあ。。。。

そしてまた、立派な書斎、自著の並ぶ書棚、重厚な雰囲気。
しかしその中に配置されているのは、当時の最新の家具であっただろう、スチール机。
今見ると本当になんというか「えっ!!ここでスチール!?」とびっくりしてしまいます。
(ちょっと前に見た『砂の器』で刑事さんたちが喧々諤々していたとき、その傍らにはべっていた、くたびれた机・・・あれと同じだよ…)
さらにその素敵な書斎はじつは全面鏡張りなのだとか。
あ、やっぱり…なるほど・・・
というような感じで、それはそれは美しい家を、家主の三島というその人の個性とともに、とても興味深く見ることのできた写真集でした。

私の中で、三島という作家に対する見方が、すこしだけ変わったようにも思います。

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