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「館蔵の屏風絵展」相国寺承天閣美術館 [散 歩]

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年末のお休みに入る前の、開館最終日。
御所の事務所に寄ったり、いろいろしていたら閉館まで1時間、みたいな時間になってしまった。
でも、どうしても行きたかった美術展で、見られて本当にうれしかった。
私は以前見た俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」がどうしてももう一度見たかったのだ。
初めてこの屏風を見たとき、わたしは「モダンデザインの極地」と唸ってしまって、
以来、寝ても覚めても・・・というのは大げさにしても、機会があればまた見たいなあと思い続けてきたのである。
だからこの、見るひとを「あっ」と驚かせずにはいられない省略の美と、形状の美の相備わったこの屏風が見られて心からうれしい。

画面全体を横切る明るく深い緑の道と、蔦に模した烏丸光広の手。
以前見たときには気づかなかったが、右隻に光広(だったはず)の署名が、まるでこれから蔦の細道に入ってゆく人間のように書かれていて、なんとも心憎い。
右隻と左隻を入れ替えても連続した構図となるような工夫があるらしく、細やかに行き届いた絵師の心配りもまた、心憎い。
感嘆、実にうれしい再開であった。

で、これ以外にも私には予想外のうれしい出会いがあったのだが、これはまた別のお話。
一緒に行った友人は、石川雅望の絵が出ていたことにやはり喜んでいて、二重三重によい出会いのあった展覧会であった。

石川啄木 その2 [本]


一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)

一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)

  • 作者: 石川 啄木
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1952/05
  • メディア: 文庫


いよいよ歌集であります。
あんまり歌は読まないよ、よくわからないよ、っていう人でも、啄木の歌は分かるし、共感ができるし、詩的で、時に(というかかなりの割合で)おかしい。
天賦の才なんだと思うけれど、平易でくすりと笑える歌の数々なのに、強烈なアイロニーが効いていたりもする。そういう部分に凄みを感じます。

でも、やっぱり啄木のやんちゃっぷりはおもしろいのです。

知らぬ家たたき起して遁(に)げ来るがおもしろかりし昔の恋しさ

・・・ピンポンダッシュして遊んだんですね。
いたずらっ子ですね。

をさなき時橋の欄干に糞塗りし話も友はかなしみてしき

なんでこんなことしたんでしょうか。

人がみな同じ方向に向いて行く。それを横より見てゐる心。

佐々木幸綱さんは啄木の歌は卑近な物事を歌っているようでいて、その実抽象性が高いと指摘しています。
だから、誰が読んでも自身の経験に当てはめて考え、共感することができる、と。
人がみな・・・の歌など、今の世相に当てはめても、新しい。



啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)

啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)

  • 作者: 石川 啄木
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1977/09/16
  • メディア: 文庫


読みやすいし、「日記」と言うよりは文芸作品と言ってもいいくらいの日本語のなめらかさ。描写の確かさ。
ローマ字日記ではあるけれど、私は仮名に起してある文章を読みました。
周知のことではあるけれど、キンダイチ(金田一京助氏・言語学者)くんとはほんとうに仲がよくて、キンダイチくんの部屋で桜の花を散らかして遊び、彼をふとんに押し込めて啄木がそれを上からバタバタ叩いて自分の部屋に逃げ帰ってきたとか、なんだかやたらとキラキラしい時間があるかと思えば、「今日も××という女とねた。・・・・それから歩いて××へ行って、またハナなんとかとねた。」と、仕事を何日も何日も休んで鬱々と過ごす日々が綴られていたりする。
ともすれば一家を背負う責任から逃れたくてモラトリアムを過ごしている無責任な、ワガママな啄木のダメダメな日常の描写ではあるんだけれど、反面、お金がなくてキンダイチくんたちのように上の学校には(おそらく中学をまともに卒業していても)いけなかったであろう啄木が抱いていた、自身の才への自負、自分には何がしかの大きな仕事ができるはずだという強い思い、と、それがかなわない現実との間に起こる葛藤、というようなものが、なんとなく文面から読めるような気もします。

樋口一葉もそうだけれど、お金のない人が何とか文学によって生活を立てようとしても、それがかなり難しかったのですね。
あれほどの才をもってしても。
啄木は極貧の中で26歳で死去。

石川啄木 その1 [本]


石川くん (集英社文庫)

石川くん (集英社文庫)

  • 作者: 枡野 浩一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/04/20
  • メディア: 文庫


石川啄木は、小さくて(身長が158cmくらい)おでこが大きくて色白でとってもかわいらしかったらしいのだけれど、一方で、けっこう生意気で天才気質でいたずら好きな性質でもあったようです。
で、枡野さんはこの愛すべき啄木に向けて、親しみを込めて「石川くん」と毎回呼びかけながら、その歌と生活についてコメントしている。
枡野さんによる啄木の歌の現代語訳つき。

例えば・・・
友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ(啄木)
→友達が俺よりえらく見える日は花を買ったり妻といちゃいちゃ(枡野さん)

では枡野さんの訳歌
目ざめてもふとんの中でぐずぐずとしちゃうダメさを責めないでママ
の元歌はなんでしょう?

絶妙なコメントも時に辛口で、時にやさしくて、ユーモアがあって笑えます。
軽く読み終えられるので入門書としてとてもよい本だ。


石川啄木 (新文芸読本)

石川啄木 (新文芸読本)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1991/01
  • メディア: ハードカバー


本の画像がないみたいなのですが、こちらは少し踏み込んで石川啄木と言う人を知るのによいです。
いろいろな人が多角的に啄木を読み解いている。
それこそ歌人から、文芸評論家から、小説家から。
資料も豊富で、それがまたとても興味深い。
明治41年、啄木から妹光子にあてた手紙。
「兄さんはあんまりえらい為に、金持ちにもなれぬし、親孝行も充分出来ない。死んだ姉さんはしかたがないし、岩見沢の姉は馬鹿者だ。お前だけでも専心親孝行してくれ。少しでもおっ母さんに心配さしたり口答へするなら死んで了(しま)へ。この兄が頼むから毎日毎日少しずつでも余計におっ母さんを慰めてくれ。そでなかつたら死ね。」
・・・・!!ひでえ!!
でも啄木という人の、なんかこう、ジャイアンみたいな一面(オレ様だけどやさしい)が垣間見られるようではないですか。
いろいろと面白かったのですが、啄木のお父さんも苦労をしたようで、はっきりとは分からないけれど、啄木の東京時代の経済を何とか支えるためにあれこれ手を尽くし、結果、寺を追われることになってしまったのでは・・・という水上勉さんの論は特に興味深かったです。
一般には「ダメな父親」のイメージが強いからこそ。
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