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浅草歌舞伎 [観 劇-歌舞伎]

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見に行きました。
若手のみなさんがたくさん出られていてびっくり。
これからの活躍をお祈りしています。


新春浅草歌舞伎(第二部) [観 劇-歌舞伎]

引き続いて第二部。

この回は歌舞伎を見るのはほとんど初めて、という妹夫婦とともに観る。
私は歌舞伎初心者の二人がずいぶん心配で、パンフレットを買ったりして二人を待ち受けていたのだが、かれらはインターネットできちんと予習をしてきたらしかった。
歌舞伎を見始めた頃の私と比べてはるかにきちんとしている。
すばらしいなあ~

第二部のお年玉ご挨拶は春猿さん。
ちょっと妹とあたふたしていたので、春猿さんのまじめな感じのご挨拶を聞きそびれる。
浅草近辺のお店で飲食してくださいね、浅草を楽しんでくださいね、という折り目正しいご挨拶。

演目一つ目は『壺坂霊験記』。
考えてみたら、私は始めてこの演目を見るのであった。
ひえええええ。
我ながらそんな事実にびっくりする。
とても分かりやすい筋で、初心者の二人も平気だった。
ただ、これは義太夫狂言なので義太夫さんの言葉が難しかったらしい。
私も一生懸命聞いていたが、掛詞なども巧みに盛り込まれている曲である。
ことばがわかれば、それがとても美しい。
愛之助さんも持ち前のやさしく包み込むような沢市を演じられて、特に目が見えるようになってからのはしゃぎっぷりといったらもう、かわいらしくてたまらない。
これが愛之助さんなのだな!!と言う感じ。
以前、「封印切」で愛之助さんが八右衛門を演じられた時のかわいらしさといったらなかった。
憎まれ役なのに!!
大人なのに!!
七之助さんの女房お里もやはり、けなげでかわいらしい。
妹は、お里がかじかんだ手を「はあぁ~」とあたためる仕草にきゅんとなってしまって、「かわいい」「かわいい」を連発していた。
さらに、お里が崖から飛び降りるシーンも女性らしくて「かわいい」とのこと。
「歌舞伎はそういうものだよ、女性らしく見える仕草とか立ち居振る舞いの型が長いことかけて作られてきたものなんだよ」、と説明するもさして感動もされず、とにかく目の前のかわいらしい「お里」に夢中な妹なのであった。すっかり七之助さんのファンになる妹。
7~8年前に一緒に大阪に歌舞伎を観に行ったときには、全然歌舞伎に興味を示さなかった妹・・・。
月日とは偉大なものだなあ。
地味な演目ながらも、二人の演技は飽きさせなかった。

二つ目は『黒手組曲輪達引』(くろてぐみくるわのたてひき)
猿之助さんの演出。
澤瀉らしい面白さだなあ、私はこれが好きだなあ、と心から思う。
お友達のこまきさんに初めて連れていってもらったのも猿之助さんの歌舞伎だった。
サービス精神旺盛で、これでもかというくらい楽しくて、贅沢な仕掛けがたくさんあって、あっさり終わる。
余韻ははっきり残って後を引くのに、けっして媚びているわけではない。
浅草では劇場の制約があるだろうけれど、これが新橋で演じられたらいい部分が際立ったんじゃないかなあ、とも思う。廻り舞台や本水が大量に使える、という点では新橋は適当な劇場だろう。

冒頭、三枚目(番頭権九郎)の亀治郎さんの踊り。やはり身体能力が高いというか、ボディコントロールがしっかりしていて、ブレない安定感がある。(実は、昼の部の『独楽』ではやせすぎてしまって、下半身の力が落ちたのでは、と思ったりもしたのだけれど)
カッコ悪い男の、カッコ悪い見得、というものをあれほどまでに見事に切る亀治郎さんに、興奮した。
すごいなあ。
客席が沸いていたのは時事ネタなどを入れ込んで笑いを取る部分。
本当にびっくりする仕掛けというか、ネタがあるので、妹も
「これってアリなんだーへえー!!」
と感心していた。

助六のくだりはいろいろと面白くて、元ネタの『助六』との違いなどを考えてみたりもしたが、何が見事だったかって、申し訳ないけれど亀鶴さんの鳥居新左衛門である。
だってステキなんだもん。
鶴亀さんは本当に何でもできる稀有な役者さんだ。
その幅広い芸域の亀鶴さんの、特に私は色悪が好きなのであった。
だって(多分、人柄に)合っている。
鳥居新左衛門は単なる敵役なんだけど、亀鶴さんが演じられると色気があります。
やはり好きだ。
亀治郎さんももちろん負けてはおらず、最後は水入りがあり、客席に亀水(?)振りまいていました。
ははは。
・・・スーパー歌舞伎を思い出します。
ううっ。涙

後日譚。
妹夫婦は翌日ちょっと時間があったので
「浅草歌舞伎もう一回見たいな」
ということになり、チケットがあるかどうか電話して聞いてみたそうです。
私はこのエピソードを聞いて感動しました。
やっぱり猿之助さんは偉大だと思った・・・。
楽しくていいお芝居です。

新春浅草歌舞伎(第一部) [観 劇-歌舞伎]

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この間の土曜日に第一部、第二部を見てきた。
あまりこういう人もいまいが、なかなか時間が取れないので、見られるときに一気に見るのである。
もうこんな見方は(体力的にきつくて)できないなあ・・・と毎回思いつつも、結局は肉体を酷使して何時間も同じ姿勢で椅子に座り続ける羽目に…

第一部、お年玉ご挨拶は亀鶴さん。
亀鶴さんは愛之助さんと同じお年の、ずいぶん気さくで面白いお方だ。
で、その亀鶴さん、最初はきちんと正座して新年の挨拶をし、「初日以来、かく賑々しくも・・・」などと神妙に言っていたのだけれど、一言ご挨拶を終えるとすっくりお立ちになり、「ま、こんなもんでしょ」とかなんとか言いながら、マイク右手に客席へと降りてきたではないか。
客席大喜び。
愛之助さんが休演していたのがこの日から舞台復帰なさる、というので
「愛之助さんのファンの方~!手を挙げて~」
と客席を見回し、経巡り、ファンの方に
「愛之助さんは苺が大好き。○か×か?」
などと質問なさる。
客席大いに沸く。
答えたお客さんにご褒美で愛之助さんのサイン入り手ぬぐいを差し上げる。
七之助さんのファンの方にも質問。
サービス精神旺盛で、しかもなんだかのびのびしておられるので、こちらもとても楽しい。

さて演目。
一つ目は『三人吉三』。
お嬢が七之助さん、お坊が亀治郎さん、和尚が愛之助さん。
うーむ・・・・
どうもちぐはぐな感じである。
亀治郎さんと七之助さんの間に何もこう、なよやかなものが流れていない。
むしろ二人は仲悪いだろう?というくらい、亀治郎さんが冷たい。
せっかくの二人のみどころも全然よくない。
というか、色っぽくない。
二人が和尚のお寺で死を覚悟し、お嬢が自分を殺してくれとお坊に頼むところなどはとても哀感があっていい場面だし、見せ場だろうと思うのに。
七之助さんはそれでも一生懸命けなげな感じに演じておられる。

もうひとつ。愛之助さんがすこし弱い。
病み上がりであることを差し引いても、少し重みが足りない。
自分の兄弟を心配し、気の毒がり、最後には殺してしまう、その苦しい決断の底に通う情愛を見せる演技には愛之助さんの性質がにじみ出ている。しかしお嬢とお坊と三人で並ぶと、少し弱くなってしまうのだ・・・
上方の役者さんだし、もともとかわいらしい一面を持っている方なのでそもそもあまり配役が合っていないのかも知れない。
しかしやはり亀治郎さんだと思った。
強すぎる。
やくざ者だけど育ちがいいというか、ぼんぼんみたいなところもある、それが私にとってのお坊吉三のイメージなのだけれど、ちょっと貫禄ありすぎでしょ~あれじゃあ親分でしょ~!!
と思った。
私は亀治郎さんが好きだけれど、こういうところは時々切なく見ている。
愛之助さんと亀治郎さんのお役が逆でもよかった。・・・けれど、年齢的に無理なんだろうか?
……

二つ目の演目は亀治郎さんの『独楽』。
こちらも十分、とまでは行かないかなあ。。。観客は欲張りなのでしょう。
亀治郎さんの踊りはそれこそ見ごたえのあるすばらしさだが、今回の舞踊は賞味25分ほど。
踊りの負担が大きくなると他の演目が大変なのかな、などと考える。
ともあれ、お正月から亀治郎さんの踊り(と段之さんの後見さん)が見られるのはめでたい。

歌舞伎座の思い出 [観 劇-歌舞伎]

この4月をもって、歌舞伎座はその歴史に幕を閉じた。
昭和26年に建てられた現在の歌舞伎座の建物の話である。

私自身の記録を紐解いて見ると、2002年に初めてその内部へと足を踏み入れたことになっている。
入り口へ続く数段の階段を上り、開け放たれた扉を入ると、赤い空間が広がっている。
絨毯、劇場とロビーを仕切る厚く重いカーテンと、とびら。それらが濃い赤に沈んでいた。
長い年月を経た独特の香りがほのかに漂っている。
重厚な空間だった。
当時、職にも就かず、のんべんだらりと生活していた私にはお金がなく、最初は3階席のチケットを取った。
4000円ほどで歌舞伎が見られた。
舞台からはるか遠く、くぐもった声の役者の台詞は聞き取りづらかった。
安い席だとそれだけ、自分の占められる空間というものは狭いらしく、窮屈な座席を何時間も我慢して芝居を見ることになった。足を直角に曲げ、右も左もないほどに体の自由はきかなかった。
1日芝居を見ていると、体がガチガチに硬くなった。
それでも、面白かった。
8年も前のことである。私も若かったのだ。
食い入るように、芝居を見た。
はじめは分からないことだらけで、なけなしのお金をはたいて筋書きを買って読んだ。
古い劇場が面白くて、やたらと階段を上り下りし、喫煙場所からの煙にまかれながら、その赤い絨毯の上を歩き回った。
確か、3階には何枚も写真がかかっていたように思う。
カレー屋さんがあって、いつもおいしい香りを漂わせていたのではなかったか。

平日のチケットはその気になって探すと、株主優待券をネットオークションで安く買えた。
2階最前列の席が、好きだった。
舞台全体が見渡せて、前に人がおらず、芝居の世界にひたることができた。
いわゆる「とちり」席(7、8、9列目)も、やはりよく全体を見ることができて、好きな席だった。
そしてもちろん、かぶりつきも。
劇場の後方から、舞台へ向かってゆるい傾斜になっているスロープを、高いヒールの靴でゆったりと下ってゆく。
最前列に陣取る贅沢な気持ちというのは、3階で一心不乱に芝居を見ていたときとは、また違う楽しさであった。
建物の1階下手側には、月替わりでさまざまな店が出店するスペースがあった。
新しい年には、紅白の白玉が入ったたい焼きが売られた。
普段はあまりお目にかかれない「下駄屋」さんや「かんざし屋」さん、浴衣地なんかを売るお店も、入った。
人形焼のように恒常的に売られるものもたくさんあったが、季節によって、少しずつラインナップを変えられる品もたくさんあるはずだった。上手側にも佃煮屋さんなど、何件かお店があった。
幕間の休憩時間には、こうしたお店を冷やかして歩く。
おやつを買って食べたことも一度や二度ではない。
最中のアイスは格別においしかった。
友人が予約してくれて吉兆でご飯を食べたこともあった。
そのころにはもう、私も働き始めていたかもしれない。
正月には木遣り初めがあった。
ロビーが人であふれ、2階から見下ろすお客さんが、吹き抜けの手すりにびっしり並んだ。

新橋演舞場や浅草公会堂なども歌舞伎を上演するし、そこへも何度も行ったけれど、やはり歌舞伎座の建物は別格だった。
思い入れが、ひときわ深い。
あの、ふかく吸い込まれてゆくような、やわらかな感触の絨毯が、すべてを物語っている。
私もまた、深く深吸い込まれ、歴史の中の一点となってゆく、その瞬間をあの建物で体感していたのだったろう。

新しいものは、確かに気持ちがよくて快適だ。
歌舞伎座もさっぱりと高い高層ビルとなって3年後に生まれ変わるのであろう。
座席の幅も広くなるだろうし、バリアフリーにもなるのだろう。
けれども。
あの、深甚とした趣を湛えた建物が、私たち観客と役者とをやわらかく包み込むうつわが、なくなってしまうことは本当にさみしい。

たった8年しか付き合うことのできなかった建物に、しかし私は、汲めども尽きない感慨をそこはかとなく感じるのである。

新春浅草歌舞伎 [観 劇-歌舞伎]

少し前の話しになるが、ストレス解消のために急遽予定にねじ込んで浅草歌舞伎を見に行った。

第二部鑑賞。
亀治郎さんがお年玉ご挨拶。
素顔で出てこられた亀治郎さんを見て、
「あれ?少しお痩せになったのかな?」
と思う。
奥州安達原の説明を一生懸命する亀治郎さん。
しかし物語が長大すぎて、ご自分でも時々こんがらがるようだった。
「え~」とか「それから」とか、間をつなぐ言葉が頻出する。
めずらしい。

奥州安達原は私の好きなタイプのお話である。
武家に生きるものがにっちもさっちもいかなくなって、親子の情やら、武士のプライドやらの中で苦しみながら死ぬのである。
もとが長い浄瑠璃狂言は、一部だけを切り取って演じられることが多く、切り取られた部分それぞれにタイトル(のようなもの)がつく。今回もそうした演目の一つで、上演部分は「袖萩祭文」という。タイトルに冠される「袖萩」がこの演目上の主役。親から勘当された武家の娘である。
亀治郎さんも演じたことがあり、やはりこういうお役はお似合いだった。
今回は袖萩を勘太郎さんが演じられる。彼は若いけれど、登場人物の心の機微をうまく客席に伝えられる役者さんだと私は感じていて、今回もそうした意味でとても楽しみな配役。しかも早変わりで袖萩の夫、安倍貞任もこの方が演じられる。いやがうえにも高まる期待。
義太夫を聞くだけで泣けてくるほど、私もこのプログラムは好きなのである。
で、結論から言うと、(こまかいところは抜きにして)貞任の方は文句なくよかった。骨太で、声もよく、大きな役柄がはまっている。しかし袖萩のほうはもう一つか。とても熱演していらして、しみじみとくる部分もあるけれど、あともう少し、色気がほしいというか、艶っぽさがあるといいなあ、と思う。声とか、お三味線のところとか。雪がどかどか降ってくる、一番の見せ場もまだこなれていない感じが強い。
多分、公演の日数を重ねるにつれてさらに良くなっていくんじゃないかと、すみません、エラソーに思いました。
子役さんがまたうまいなあ。
男女蔵さんにはどうも、自分は仕方なくやっているんだよね~的な投げやり感あり。父親の気持ちはセリフとは裏腹なんだよ、と感じさせるところが全然ない。
解釈は人それぞれということなのかもしれない。
しかし今回も私はボロボロ泣きました。


悪太郎。
新橋演舞場の海老蔵さんの踊りはけっこうゆらゆらしていた。やはり踊りという点では亀治郎さんは群を抜いている。しなやかで安定感があり、芸達者。
バラエティーを含め、最近はテレビなどへも活躍の場を広げている亀治郎さんであるが、人間観察の鋭いひとなのだろう。酔っ払いの悪太郎さんや、絶妙なタイミングで客席の笑いを誘う悪太郎さんを見て、うう~む…見事だなあ~と思う。
亀鶴さんとの相性もよいようである。(ああ、しかし亀鶴さんの渋~いお声が今回は聞けなかった。残念極まりない)亀鶴さん、古風なさっぱりした風情。
亀治郎さんは生き生きと踊っているように見える。実際、楽しいんだろうな、と思う。こちらにまでその楽しげな気持ちが伝わってくるのだから、演劇と言うものは不思議だ。やめられない。そうして見た人を幸せにできる役者もまた、得難いものなのだから、こういう舞台を目の前にできることこそが、今の時代に生きる私たちの幸せだよな~とつくづく思う。それにしても「楽しそう」ではあるけれど、肉体の酷使は当然のことながら半端なく、花道横でかなり近いところから観劇していた私は、時々「苦しいな~」と思ったりもした。
対照的に出番の少ないゆえか、ラブリンは長い長い袴をつけて、さぞや踊りも大変だろうと思いきや、微塵も辛さを感じさせず、さすがの優美さである。おとこまえである。
歌舞伎座で「切られ与三郎」を染五郎さんがやっているけれど、ラブリンもすごくいい男だよなー。といろいろと思いをめぐらせて見る。

11月 歌舞伎座 夜の部 [観 劇-歌舞伎]

4日。
当日券で8列中央を購入して『忠臣蔵』鑑賞。
5・6段目が特になける。
まだ馴染んでいないようで、演出上の失敗が多い。
ニザさまの型ということか、師直を打擲する場面とか、討ち入りのあと、橋での勢揃いの場面などが目新しかった。
福助さんは色気が勝っていて若干苦手。
これは好みの問題。

6月 歌舞伎座 昼夜 [観 劇-歌舞伎]

昼の部
「新薄雪物語」
私自身の記録を紐解いてみると、2002年の歌舞伎座で上演していた。
当時の配役は、梅の方=芝翫さん、兵衛=菊五郎さん、伊賀守=団十郎さん。
薄雪姫が孝太郎さん、左衛門が菊之助さん。

今回は、梅の方=芝翫さん、兵衛=幸四郎さん、伊賀守=吉右衛門さん。
薄雪が芝雀さん、左衛門が錦之助さん。腰元籬が福助さん、妻平が染五郎さん。
段九郎を段四郎さん。
そしてねぇ、富十郎さんも出ているのだ。
うーん、素敵な配役。これだけで見たいもの。

2002年の記録では薄雪と左衛門のラブラブっぷりがとってもおっとりとかわいらしくてよかった様子。
今回は若干、左衛門の情が薄く感じられた。どちらかというと、薄雪の方が猛烈アタック、という感じ。
それにしても一幕の豪華さといったらない。
これぞ歌舞伎、というゴージャスさで、目で見て楽しい。美しい。
娯楽要素がぷんぷんと漂っている。
恋あり、笑いあり、緊迫感あり。そして長いなが~い立ち廻りもあり。
すべてが凝縮された幕である。
(立ち廻りに限って言えば、しかし、これはどう考えても2002年の舞台の方が豪華絢爛だった。あれは私にとって忘れられない大立ち廻りの一つだ。)
で、打って変わって三幕大詰め。
三人笑いの切なさ。
涙無しには見られない充実の脚本。
見事としか言いようがない。

今回は役者さんも揃い踏みで、吉右衛門さんと幸四郎さんの、両父親の笑いまでものすごくいい。
で、そこに芝翫さんの梅の方。
芝翫さんの笑いで私はもうすでにぼろぼろで、吉右衛門さんあたりでは切なくて悲しくて仕方がない。
両親の熱演がとても感動を呼ぶ舞台だっただけに、若い二人(薄雪と左衛門)がもう少し見せてくれるとさらによかったなぁ・・・とも思う。
福助さんもとってもかわいらしかったです。

「俄獅子」
楽しいなぁ。
福助さんの立姿のあでやかさ。
やはり染五郎さんは色男然としていて絵になる。

歌舞伎を見に来てよかったな、と思わせる充実の舞台。
惜しむらくは、わたしの体調が十全ではなかったことだ。
「新薄雪」中盤で、うとうとしてしまった・・・

夜の部
本当はがんばって段四郎さんの玉の井まで見たかったけれど、最初の「義経千本桜」で疲れ果て、帰宅の途についてしまった。
「すし屋」も近年まれに見る、というか、私が今までに見た中でもずいぶんよい舞台で、権太郎の「もどり」の場面ではさすがに吉右衛門さんはすごいなぁと、ただひたすら感心、感動してしまうのです。
しかしねぇ・・・
私の体調不良は時と場所を選ばないのです。
疲れているのだと思うけれど、先週の金曜のあたりからずっともう、マズイわけです。
で、ずっと同じ姿勢でいすに座っているのがきつくて、勿体無かったけれど中途棄権してしまった。
段四郎さん、ファンとして不甲斐なくてすみません。ごめんなさい。
月曜に仕事がなければ、倒れるまででも粘ったのになぁ・・・
仕事って、憂鬱だ。

こんぴら歌舞伎 [観 劇-歌舞伎]

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徳島へ行ってきた。
そして2泊3日でおうどんを4食いただきました。

ほとんど食事はおうどんです。
讃岐といえばおうどんだと思い込んでいたわたくし。
しまいには栄養失調気味で
最終日には甘いものが食べたくて食べたくて仕方がなかった。

ヘンな写真ばかり撮ってきた。

観劇の記録 [観 劇-歌舞伎]

12.17  国立劇場 『彦山権現誓助剣』
12.11   歌舞伎座 『佐倉義民伝』ほか
11.25  歌舞伎座 『新薄雪物語』ほか
11.13   文京シビックホール 『義経千本桜』
11.3   国立劇場 『仮名手本忠臣蔵』
9.12  松竹座    『三国一夜物語』
8.19  シアターコクーン  『夏の夜の夢』
8.5-6 京都芸術劇場 春秋座 『摂州合邦辻』
6.29 東京グローブ座 『ヴェニスの商人』

国立劇場『通し狂言 彦山権現誓助剣』 [観 劇-歌舞伎]

◎二代目魁春さんの色気
十一月に国立劇場で上演された『仮名手本忠臣蔵』では、おかる役を勤められた魁春さん。私は初日と千穐楽を拝見して、一ヶ月の間に随分と魁春さんの雰囲気が変わられたと感じた。初日はお石の冷たい印象がとても強かったのだけれど、千穐楽には、とても可愛らしい、色気のあるおかるをゆったりと演じていらして、ため息が出るほどであった。
その魁春さんが今回の舞台では力持ちの武術の名手、お園を演じる。(序幕・三幕)
父親一味斎を亡くした後の愁嘆場で見せる女らしさとは打って変わって、立ち廻りのきびきびとした動きにはめりはりがあってとっても魅力的だ。一本筋の通ったきりりと引き締まった顔つきや、「しの字づくし」の流れるような台詞回しにうっとりとさせられた。
歌舞伎を見ていて常々思っていることなのだが、私は歌舞伎特有の面白さの一つに、この「しの字づくし」のような台詞回しの妙、といったものがあると考える。序幕、したたか酔って帰ってきたお園が、母お幸に言い訳をする場面でこの「しの字づくし」が登場する。「四条を通って」「篠田芝右衛門」「死ぬるほどに」「白藤さまの」(正確なセリフは未確認。すみません)など、「し」のつく言葉がいくつも取り上げられて連ねられ、一連の長い台詞を形成しているのだが、この言葉遊びによって醸し出されるなんともユーモラスで遊び心のある風情が、聞いていて非常に愉快で楽しかった。その上、この台詞を含めて、今回の舞台では「ノリ」と呼ばれる台詞手法が多用されていて、相当に耳が楽しめる舞台であったと思う。
「ノリ」というのは三味線の合いの手(あるいは伴奏)に文字通りノるようにして、流れる水のごとく台詞が接がれて行く手法。聞いている観客にとって「ノリ」による台詞は実に耳に心地よく、役者さんの声や台詞回しに聞きほれてしまうところではあるのだが、役者さんと三味線さんにとっては、少しでも台詞と三味線のタイミングがずれてしまえばそれまでの、とても厳しく、非常に神経を使う部分なのだそうだ。だが、ミュージカルと違って役者がいきなり歌い出すわけではないのに、「ノリ」の部分には非常に豊かな音楽性がある。それはもちろん、日本語の作り出す五七調・七五調といった、形式的でありながらも自然な節回しに拠るところが大きいのだろうが、私はこのような部分の持つ面白さ、楽しさが歌舞伎の(あるいは日本語の)持つ魅力の一つであると、心から思ったりするのである。
多少残念に思ったのは客席で、役者さんの登場シーンや見得の場面での拍手が少なく、いささか興醒める。共に観劇した友人と「イヤホンガイドで〈ここで拍手〉という解説も入れてみてはどうだろうか」などと話したほど。

◎大向こうさんのしゃれっ気
今回の舞台には六助役の中村富十郎さんのご子息・大ちゃん(3歳)が弥三松役で出演しており、その可愛らしい演技で舞台に華を添えていた。大向こうさんにもとても粋な方がいらして、大ちゃんが山科の助六の家に、外から石を拾って帰ってきたところへ絶妙な「お帰り!!」のお声がかかる。(しかもお声が相当によかった。役者になってもいいくらいだ)
大ちゃんが花道をてくてく歩いてくるだけでもけなげで可愛いのだが、それに追い討ちをかけるように、こんなにお洒落な大向こうを掛けられては、ただただ感心するばかり。聞いている我々も観客冥利(なんじゃそれは)に尽きるというもの。こんなに気のきいた大向こうを聞いたのは私の短い観劇の歴史の中でも初めてであったので、相当感動した。

◎冨十郎さんの作る笑いどころ
冨十郎さんは豪気な六助を演じていらした。とても幸せなことに私はこの舞台を2度見ることができたので、六助のアドリブの部分がはっきりと分かって、失礼ながらその演技にとても感心したものである。特に力持ちの女房・お園に着替えを手伝ってもらう場面で、彼女に気を遣う六助の台詞が毎回違ったのには驚いた。(しかもその度ごとにきっちり客席の笑いを取っていらした。そこにもまた感嘆する)加えて、後に母親となるお幸の態度に度肝を抜かれるさま、「みなしご殿」弥三松をあやすさま、など大変コミカルで大仰で、そのくせさらりと客席の笑いを受け流していて、そのあまりの格好よさに惚れ惚れとさせられる。蛇足になるが、六助の着替えシーンは、その思い切りのよさがとても気に入ってしまった。
ところで今回の演目のお園役は、雀右衛門さんの当たり役であったそうで、その雀右衛門さんの、渋くもキレのある演技振りには深い感慨を覚えた。
また、吉岡三之丞(中村玉太郎)、友平(中村信二郎)の切腹シーンがなかなかに見ごたえがあって、特に友平の場合は、腹部に突き刺された刀のつばが舞台に当たってカタカタカタと小刻みに音を立てているのが、場面の緊張を一層高め、また悲劇性を増長させていて、泣けた。
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