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「南桂子展 生誕100年」群馬県立館林美術館 [散 歩]

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館林は少し遠いなあと思ったのだけれど、美術商のカタログをぺらぺら眺めていたら南さんの版画が出ていて、どうしても行きたくなってしまった。
で、展覧会の最終日に休みの日がなんとか間に合ったので、電車に揺られ、てくてく歩いて行ってみた。
東武伊勢崎線の館林駅からだとバスで30分ほどかかるようだったし、バスの時間もよくわからなかったので多々良駅から徒歩で美術館を目指す。
多々良駅の駅員さんがとても親切に、帰りの交通のことやら美術館までの道すじのことやらを教えてくれて、迷うことなく15分ほどで美術館到着。
お天気もよかったが、美術館の建物がのびやかにすっきりと建っていてあんまりきれいなのでしばし見とれてしまった。周囲に広がる芝生を前景に、ゆるやかなカーブを描いて建物が長く伸びている。ガラス張りの回廊(回、ではないけれど長い長い廊下である)が明るい。
アプローチに施された水面がたっぷりと水をたゆたわせて陽光を反射している。
いい美術館だなあと思う。

しかもすっかり忘れていたが、私設の美術館の企画展はたいてい1000円以上の入館料を取るのに対して、今回はなんと500円で企画展が見られた!!
公立の館はありがたいなあ!!

南桂子の出発点は童話だったらしい。
展示室でも2~3の童話を読むことが出来る。
絵の最初は油彩。
ほんの数点だけ展示されている油彩は、どれもやわらかくやさしい色あいで、どことなく現実から遊離している雰囲気。南が実際に目にしていた事物・風景であっても、彼女というフィルターを通してこんな風に見せてもらえる絵画体験と言うのは、なんともいえない不思議な感覚である。

版画も、やっぱりすてきだった。
見にきてよかったなあと心から思った。
彼女が描いたモチーフが小動物(鳥、羊、魚)や少女、樹木、そして象徴的なもの(お城や湖、海)であったことから、よく南の版画は童話的と評されるらしい。
言われてみると確かにそのとおりで、愛らしく、かわいらしくて、でもなんとなく寂しくて、現実にはないどこか遠くのおとぎの国の世界を描いたようだ。

それにしてもその童話的世界を支えているデザイン性の、なんと高いことか。
木の表現一つとっても、さまざまな省略の方法を見せている。
また、形態上の特徴を残しつつ、極力簡素化させて木や鳥や水を描いている一方で、樹木の表皮や葉、鳥の羽といった細部への緻密な描き込みにはのけぞってしまうほど。
気の長い、気の遠くなるような仕事だなあと感嘆する。

表現の模索だけではなく、技術面でも南はいろいろと試していたようである。
特に今回行われた調査では、彼女が微妙な陰影を出すためにサンドペーパーを使っていたのではないか、ということも分かったそうな。

静かな展示室で、いつまでも見ていたい展覧会であった。

「館蔵の屏風絵展」相国寺承天閣美術館 [散 歩]

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年末のお休みに入る前の、開館最終日。
御所の事務所に寄ったり、いろいろしていたら閉館まで1時間、みたいな時間になってしまった。
でも、どうしても行きたかった美術展で、見られて本当にうれしかった。
私は以前見た俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」がどうしてももう一度見たかったのだ。
初めてこの屏風を見たとき、わたしは「モダンデザインの極地」と唸ってしまって、
以来、寝ても覚めても・・・というのは大げさにしても、機会があればまた見たいなあと思い続けてきたのである。
だからこの、見るひとを「あっ」と驚かせずにはいられない省略の美と、形状の美の相備わったこの屏風が見られて心からうれしい。

画面全体を横切る明るく深い緑の道と、蔦に模した烏丸光広の手。
以前見たときには気づかなかったが、右隻に光広(だったはず)の署名が、まるでこれから蔦の細道に入ってゆく人間のように書かれていて、なんとも心憎い。
右隻と左隻を入れ替えても連続した構図となるような工夫があるらしく、細やかに行き届いた絵師の心配りもまた、心憎い。
感嘆、実にうれしい再開であった。

で、これ以外にも私には予想外のうれしい出会いがあったのだが、これはまた別のお話。
一緒に行った友人は、石川雅望の絵が出ていたことにやはり喜んでいて、二重三重によい出会いのあった展覧会であった。

川端康成と東山魁夷展 [散 歩]

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川端康成がその生涯において膨大な量の美術品を集めていたことは、よく知られていることなんだろうか。特に戦中から戦後にかけての作品群を読むと美術品の数々が作品中に現れているので、好きな人は知っていることなのかもしれない。
川端康成記念会が平成14年ごろから始めた「川端コレクション展」や、それに関連して明らかになった東山魁夷らとの交流が本になったりしたことで、川端と日本美術との関係は一般的に認知されるようになったのかな。

その、コレクション展が山梨県立美術館で開催されたので、見に行ってきました。
国宝「十便十宜図」(池大雅・与謝蕪村)、同じく国宝「凍雲篩雪図」(浦上玉堂)が目玉。
私はずっと浦上玉堂の絵は写真でしか見ていなくて、
その濃淡の濃い、激しいタッチ(に見える)の絵に
「こんなに激しいものが、川端は好きだったのか・・・」
とちょっとがっかりしていた部分もあったのです。
少なくともこの絵については、写真からはあまりいい部分は見えてこなかった。
けれど、今回初めて「凍雲篩雪図」を見ることが出来て、あまりの柔らかな空気に圧倒されました。
雪の降る冷たい空気、けれどもけっして尖った冷たさではない、そういう空気が画面には漂っている。それに、下から見上げる峰の大きさは、確かにずいぶん大きくて孤高ではあるのですが、大きく人を包み込むような懐の深さも感じさせます。
この絵は下から眺めるのがいいよな、と私は絵の前にしゃがみこんで長いこと見上げてみましたが、見れば見るほどいい気持ちになってしまう絵でした。
ああいう境地というか、生活って、やっぱりある種の理想な気もする。
孤独ではあるんだけれど。

川端コレクションの中で特に私が好きだったのは金農の「墨梅図」。
これはじっくり眺めているとあまりに好きだなあ、と思って涙が出てきそうだった。
黒くはっきりと描かれる花の蕊の存在感、それとは対照的に淡くふんわりと開く花弁。
すっと芸術的に伸びる幹と枝の線の、交差する影が生むうつくしさ。
花の向こう側に広がる空の、冷たい青さが思われるような伸びやかな空間造詣。
緻密な部分部分が積み重ねられ、積み重ねられして大きな画面を覆い尽くす、その生命の確かさ。
ほんとうの自然がなくとも、この寂びた一枚の絵に私は花も空も香も感じられる。
そのくらい、私はこの絵が気に入ってしまったのでした。
墨絵は不思議だ。
色の(ほとんど)ない画面に、無限の奥行きのある世界がある。
しかも逆説的に思われるかもしれないけれど、とても華やかでもある。

他にもすばらしい美術品がたくさん出ていました。
私は、川端の美術へのまなざしには信仰に近いものがある、と思う。
しかし一方で、私自身は好きだと思う美術作品にただただ惹かれてしまう、というのが正直なところで、美術品を見ていると本当に「齢のぶる心地」がするよなあと思えるんだよね。
川端の実際はどうだったんだろうか。

ゴッホ展 没後120年 @国立新美術館 へ行ってきたけど。 [散 歩]

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以下、ほとんどが思い出話です。

日本人でゴッホが好き、という人はおそらくものすごくたくさんいるはずである。
多分、外国の人だってゴッホが好きだ。
と、私は思っている。
そして私自身もまた、「ゴッホ好き」の一人として、彼の絵を愛してきた。
何が?とか、どこが好き?と問われると それに答えるのは難しい。
画家の生き方にドラマを感じるのかもしれないし、激しく渦を巻くような、特徴的な線描に底知れない情熱を見出そうとするのかもしれない。
ほのかにロマンチシズムただよう夜の絵のむこうに何かを幻視し、また一方で、誠実な明るさの色彩に、ひたすら心惹かれる。
いずれにせよ、自分には到底ありえないほどのある種の力強さがゴッホの絵には(ゴッホの人生にも)あって、私はその強い力にのみ込まれるのが好きなのだ。

若いころヨーロッパ放浪の旅をしたとき、私の持っていたテーマは「ゴッホ」だった。
アムステルダムからドイツを経由してパリ、パリからアルルへと下った。
ドイツは経由地なのでちょっとここではおいておくとして、ゴッホもまたオランダ、パリ、アルルへと南下を続けたのである。
アムステルダムのヴァン・ゴッホ美術館のことについては、ものすごーく前に、ほんの少しだけ記録として残しておいたものを別記事にしておくので、もしご覧になってくださる方がいらっしゃったら、お読みください…。

叔母に連れられていった東郷青児美術館で見た「ひまわり」。
親友とbunkamuraへゴッホ展を見に行ったこともある。
今、調べてみたら1999年に「クレラー・ミュラー美術館展」をやっている。
ものすごい混みようだった。
「入場制限してくれればいいのに」
と、若い私は心の中で毒づいたものだが、それも今は昔。

さらに若い頃はゴッホのまねをして自分の靴の版画を製作したものだが…

こんなむかし話は置いておいて・・・
そんなわけでゴッホに対する思い入れの強い私はどうしてもゴッホ展には行こうと思っていたわけです。
だからこそ展覧会が始まってすぐ、行ってきた。

前置きが長かったので、感想をまとめてしまうとこんな感じ。↓

①jまず、「私はこうしてゴッホになった」の展覧会タイトル通り、ゴッホが誰からどんな影響を受けて、どんな修行を積み重ねながらあのような画風に行き着いたのか、ということが丁寧に追われている。そのためゴッホの作品だけでなく、他のアーティストの版画や油絵、浮世絵なども多く出展されており、分かりやすくて大変親切。特にミレーの影響を受けて描いた絵のいくつかに、私自身とても心動かされた。

②しかしながら自前のコレクションはなく、他館からの貸し出しによる企画展ゆえの限界か、出品作品の数に限りがあり、こころゆくまで堪能した、という感じは持てない。
たとえば「ジャガイモを食べる人々」のリトグラフは、ある。
この絵に出てくる(と思われる)女性のポートレイトも、ある。
だが、肝心の「じゃがいもを食べる人々」の油絵は、ない。
「ガシェ博士の肖像」のエッチングは、ある。
2枚くらい、ある。
だが、肝心の油彩は、ない。
オルセーにあるはずだけど、ない。
しかたがないことだけれど、時々もやもやするわけです。
アルル時代のいい絵もあるけれど、サント・マリー・ド・ラ・メールの絵はない。
オーヴェール時代のいい絵もあるけれど、最後の絵はない。
前回印象派展か何かで出展されていたという「星月夜」もないよ~ん。
・・・この展覧よりも前に「田中一村展」を見ていたのもタイミングがわるかった。
こちらがまたものすごい充実の出品数を誇る、大規模な展覧会だったのである。

③見所はゴッホがアルルで過ごしたときの「黄色い部屋」が再現されていることと、オリジナルバージョンの、その絵が見られるところ。だと思う。「ひまわり」と並んで有名な「アイリス」も出ている。

こんなことを言っていると、
「だったらオランダへいけばいいじゃないの」
と言われそうなのですが、それは確かにそうなのです。
一度は行っているけれど、オランダ。ゴッホ美術館に、クレラー・ミュラー美術館。
でも、ゴッホの絵はアメリカにもある。
スイスにもある。
もちろん、フランスにも。

『ギャラリーフェイク』のフジタとか、某美術漫画(?)の主人公とか、世界中の美術館をめぐっていろいろいいもの見てるようですが、ほんと、うらやましいわ。

そんな、美術館訪問記でした。
すみません。

参考→ヴァン・ゴッホ美術館訪問記

千葉市美術館「田中一村 新たなる全貌」展 [散 歩]

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9月12日の日曜美術館で田中一村について放送する、ということだったので
「それより前に(展覧会に)行かなければ!!」
とずいぶんあわてた。
しかし仕事の関係もあって、結局千葉市美術館へ行けたのは12日の当日。
午前中のことではあったものの、すでに美術館は混んでいた。
たとえば国立博物館の長谷川等伯展の時のように、「60分待ち」という混雑では全然なかったけれど、有名な絵の前には少し人だかりがある、という程度。この美術館はミュージアムショップもそれほど広くないので、私が14時やや前にお店へ入った頃には、レジ待ちの列が長く店外へ伸びていて驚きました。
そのくらい。

田中一村という人はお父さんが彫刻家だったこともあって、おそらく幼少期より絵画の手ほどきなども受けたのであろう、十代に入る前からすでに「神童」の名を欲しいままにしていた巧者であった。展覧会ではその頃の絵から奄美へ移り住んだ後のものまで約250点の作品が展示されている。
とにかく8歳とか9歳の子どもが筆を自在に操ってビシっと構図の整ったカッコいい絵を描いているのだから、「うわ~」と感嘆してしまうのも道理というものだ。私は一人で展覧会へ行ったので、周囲の来場者の反応もそのいちいちを観察できた。みな一様に感心し、小学生時代の絵を誉めそやす。さもありなん。
一村の絵は、中学校くらいまではずっと南画である。
ただ、私自身はこの初期の頃の絵の過剰さが苦手かも知れない。
力強く猛々しい筆遣いと、余白を許さず、空間を埋め尽くすような作品群に、ただただ圧倒されてしまうばかり。
まだ若い一村が持てる技術をすべてぶつけて描いただろう絵に、なんだか息苦しささえ感じてしまう。
とにかくすばらしく上手い。模写というか、臨書も上手い。恐ろしいくらいである。

それが、東京美術学校を中退した後少し経つと鳥が絵の中に出てくるようになる。
大きく紙面全体に描かれた葉群のなかに、鳥がいる。
トラツグミ一羽だったり尾長が数羽だったりするのだが、これはとても好きになった。
筆遣いの勢いというか激しさが身を潜め、絵の中に穏やかさが漂う。
色の使い方が鮮やかなものも。
「秋色」という作品(群)が3枚展示されていた。
「作品群」と書いたが、必ずしも3枚同じ時期に描かれたわけでもないらしい。
しかしこれらの絵は、私はとても好きだ。
河合玉堂の絵とか、琳派的な感じがある。

奄美時代の絵についてはすでにいろいろなところで取りげられているので、今さら私が言うべきこともない。
ただ、実は田中一村のことを全然知らないでこの方の奄美の絵を初めて見たとき、私は「アンリ・ルソーみたいだなあ」と思ったのだった。
「日本のゴーギャン」というのも広く言われている呼称のようだ。
一村自身にとっては不本意なものであろう、と思う。
確かにテーマとしては、ゴーギャンがタヒチの光の中に「生と死」(と言っていいのか)を描いたのと同様、“最後期の作品には一枚の絵の中に生と死が濃密な気配を持って描きこまれている”(「奄美の杜【クワズイモとソテツ】」についての日曜美術館の解説)という。
うーむ…「生と死」か。。。
確かにそうなんだろうけれど。
そのように表現してしまうと、なにか陳腐な感じがしてしまうのは私だけか。


奄美へ行く前に、一村は九州を旅行して歩いている。
私が最も驚かされたのは、この頃氏が撮った写真のうつくしさである。
波、岩、海。
どれを取っても対象物の一瞬を切り取って、何か細やかに蓄積されてゆく、あるいはそれに対して震えのくるような、わずかな感情の機微を感じさせないではいられない写真作品なのである。
一村はそれらの写真を元に絵を描いたが、私は写真そのものがすでにもう、一つの作品として完成されたもののように感じた。
そして写真の方が、それをもとにして描いた絵画作品よりも雄弁にさまざまなことを語る、とも。
その瞬間を切り取らないではいられなかった撮影者について。

写真が切り取る一瞬。その、静止した一瞬の中にある力強い動。
もし一村がそうした一瞬一瞬を、絵画の中に蓄積させようとして「奄美の杜」を描いたのであれば、私は納得が行くようにも思う。
「奄美の杜【クワズイモとソテツ】」は、写真ではおそらく表現できまい。

一村という人は、たいへん巧みな技術を持っていたのにも関わらず、最後まで中央画壇に登場することなく、その生涯を終えた。
天才的な技術が返って、この人を縛りつけてしまった、そういう側面があるのかもしれない。

松丸本舗 [散 歩]

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昨日、根津美術館からoazoの丸善へと、休日散歩。、
丸善は昨年から松丸本舗という名の書店内書店を作っているのだ。
ジュンク堂で言えば「だれそれ書店」という、あの企画モノとほぼ一緒なんだけど、
丸善のコーナーは広い。
と言うか、空間としてとても濃い。
広さは実はそれほどでもないんだろうが、並べられている本はぎっしりと天井までの棚を埋め尽くし、その本の並びを眺めているだけで2時間くらいはあっという間に過ぎる。
ハイヒール履いて行くところじゃないですよ。

松岡正剛さんがネットで長いこと書いておられる「千夜千冊」で取り上げた本を中心に書棚は構成されている。
ただ、それだけではなくて、期間は限られているが「だれそれの蔵書」も再現して公開。
この「だれそれの蔵書」がねえ、とても面白いのです。
他人(ひと)の本棚って、その人の嗜好や思考の足跡が見えて面白いじゃないですか。
それゆえに、本棚を公開したがらない人もいるくらいだ。
松丸本舗の頑張っているところは、たとえ誰かの蔵書が現在絶版になってはいても、古書でそれらを用意して本棚を整えているところ。
意気地があるねえ。
熱意が感じられる。

そんなわけでとても濃い空間が楽しくて、ずいぶん長居してしまった。
本当は美術館にあとひとつくらい行ってもよかったんだけど。
本屋さんで疲れてしまった。

ちなみに全然下調べしなかったので、市川亀次郎さんの本棚があることを、私は書店を訪れて初めて知りました。
当然のことだが梅原先生のご本がいっぱいあった。
その中からお能関係の著作を一冊購入。

高山宏さんの書棚は、私の本棚とけっこう近い感じがあり、高山先生には本当に申し訳ないのですが、私としては親近感というか、近しい興味の域を感じられて嬉しかったです。
こんな高名な方と私が同じ所蔵本に囲まれて暮らしている[黒ハート]
というような。
アホですね。
本当に、少しだけかぶっているだけなんだけど。
ジョイスの小説を購入。

それから現在のテーマとして、「男本・女本・間本」というのが挙げられていて、それに沿った本棚作りもされている。
やっぱりこれって昨今の熱いテーマなんだなあ…。
決して目新しい本が並んでいるわけではないけれど、普通の書店では並べられることもないような本が大量に置いてあるので、手にとっていろいろ検分できるのがいい。

最大級にショックだったのは、大塚英志さんが2009年7月に出していた『物語論で読む村上春樹と宮崎駿』を知らなかったことと、

http://monomiyagura.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300992492-1

↑ここで書いていた「ぽにょ」にまつわる話と同じことを、大塚さんも言っていたこと。
そのことに私はこの日、初めて気付いたのです。
あああああ~~
私は知らないうちに人さまの説をしゃべっていたよ~
しかも
「第四章 ぽにょの母親は何故巨大なのか」
という直球ど真ん中のタイトル!!
ショックが大きい。大きすぎる。
もっと早くに知りたかった…!
いかに普段、本と接していないか、ということですね。
ブヒー

楽美術館 楽歴代展 [散 歩]

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ここ数年、京都を訪れるのはいつも年末で、その時期の美術館はたいてい休館中である。
毎年「京都へ行く」ということだけははっきりしているので、あらかじめ申し込みをしておいて、妙喜庵待庵や苔寺を見に行ったこともあった。
夏の暑さを避けるために入った東寺の立体曼荼羅に圧倒されて唸ったこともあったし、旧い友人と再会し、お茶を飲んだ万昌堂の、隠れ部屋のようなぬくもりにふと気が遠のくように感じたこともあった。
京都はいつも何かしら私に大きなものをもたらしてくれる。
あるいは私たちの中にある何かを、呼び覚ましてくれるのかもしれない。
いずれにしても私の中で、京都という土地は別格だ。

ところで今回はなんとしても、楽美術館を見に行きたかった。
やきものが好きで以前より訪れたいと思ってきたのだが、場所が少し中心部から離れていることもあり、普段の旅程にはなかなか組み込めないでいたからである。
現在「楽歴代展」を開催中。

堀川通りをバスで下り、堀川中立売で下車。
春うららかな陽射しのなかをのんびりと歩いてゆくと、落ち着いた住宅街のなかに楽美術館はある。
景観保全のためか、おしゃれな設計なのか、建物は二階建てだがあまり高さは感じられない。
靴を脱いで館内に入る。
受付の男性が紳士然としたステキな方で、
「ここらへんで昼食を取りたいのですが、どこかお薦めはありますか」
などといきなり訪ねた私に、親切にも2件ほどお店の名を挙げてくださる。
それだけでももう感激してしまうわたくし。
そんなわけで、早くも半分高揚している状態で展示室へ。
照明をかなり落とした薄暗い室内に、楽家初代・長次郎の作品から当代(十五代)吉左衛門の作品まで一挙に並べてある。
・・・・・なんという贅沢!!
そして、なんという恐ろしさ!!

いかに千家のための家だとて、お茶碗をつくる陶工たちは気楽にのんびりかまえているわけではない。
注文があったらその注文に沿って器をつくっていればよい、という世界では決してないのだ。
代々当主が変わるたび、そこには
「いかに先代を超えるか」
あるいは、
「いかに先代までとは違う方向性を打ち出せるか」
という、はげしい美(技術も?)との闘いがあるのである。
以前、NHKで「千家十職」を特集したとき、それぞれの家の若い世代が苦しみつつ悩みつつ、その家に生きるさまを、ただただひたすら「大変なことだなあ」と思いながら見た記憶がある。
その、苦悩の歴史と言っても過言ではない、代々のお茶碗が、それぞれにうつくしいたたずまいのなかに、ズラリと並べて展示されているのである。
「全部見られる!」という嬉しさと同時に、私は空恐ろしいものを感じましたよ。

とは言え、それぞれの個性の違いを比べ見る楽しさというのは、鑑賞者の気楽な喜びであります。
ひええええっ、と思ったのは事実ですが、私はずいぶん心から楽しませてもらいました。ははは。

そしてやはり長次郎は完成された美だなあ、と感じるのです。
手に収まるほどの小ぶりなお茶碗、厚みも色合いも地味で、けれどそれを使う人が気持ちのよいように、つくられている。丁寧に丁寧に手を加え、つくり上げた、そういうお茶碗であります。
三代道入(ノンコウ)にすこし破格なところのあるのは、光悦との交流があったからなのだと知る。
へえ・・・・と感心するが、何事につけてもスケールの大きなひとであったのだろう。あでやかに、しかし軽みのある作風が特徴らしい。
五代宋入は婿養子に入ったひとで、幼少期から楽家で修行を積んだわけではない。けれども、尾形乾山ら兄弟といとこの関係にあり、彼らからの影響も強かったとのこと。展示されているお茶碗にはさびた風合いの黒釉がかけられており、なんとも深い味わい。

八代得入は若くして亡くなった人ではあるが、誠実な器づくりをしたのであろう。
私はずいぶんこの方のお茶碗に惹かれてしまって、はがきを一枚買ってきた。
上品でひかえめなたたずまいの赤楽である。小さめの造りで径も狭いが、形よく優雅に立ち上ってくるフォルム。口辺のやさしく整えられた甘い曲線には、人をひきつける色気がある。
このひとは夭折したために独特の作風を築くところまで行かなかった、という説明がキャプションにあったが、私はしかし、丁寧な誠実さが好きである。

目玉と言うか、やはりたいへんに興奮してしまったのは光悦の「立峯」なのだけれども、楽家代々の個性豊かなお茶碗が一堂に会してズラリと並んでいる様は圧巻です。
訪れる人もお茶関係の方が多いようで、時おり展示ケースの前に立ち止まっては、お茶碗を手のひらにいただく格好をしたりする。
イメージを膨らませながら、「ああ、こんなお茶碗でお茶をいただきたいなあ」なんで思ったりしているのかもしれない。

ちなみに受付の方に教えていただいたごはん屋さんはお味もよく、ゆったりと時を過ごせたのもさることながら、とても親切な接客でありがたかったです。

春の旅2 光悦寺・楽美術館ほか [散 歩]

ぼたん雪が激しく降るさまを眺めつつ、夜半、ホテルの部屋でぬくぬくと本を読む。
何もしていないようでいて、寒さにさらされた身というのは疲れているようだった。
読みながらうとうとしてしまう。

翌日は朝一番で光悦寺へ。
鷹ヶ峰を望む景勝地にあるこの寺は、かつて家康が与えた土地に、光悦が工芸関係の職人をともに住まわせた屋敷跡にある。
昨夜の雪がまだお寺の屋根や、木々に残っており、朝日に雪解けの水がしたたるさまなど、えもいわれぬ爽やかさ。
光悦のお墓に手を合わせ、庭先から鷹ヶ峰を眺める。

近くの源光庵も拝観。
光悦寺もそうだが、ここらあたりは紅葉の時期にはものすごく混むのだろうと思う。
実にうつくしい場所に、美しい庭がある。
ちなみに源光庵の本堂の天井は伏見城の床板である。
と言えば分かる方もおられるだろうが、つまりは血天井である。
10年ほど前、友人とともに訪れた宝泉院も同じ床板を使った血天井で、住職さんは細長い棒を使ってわれわれ観光客にその説明をしてくださった。
今回は観光客もほとんどおらず、ただ一人本堂に座って天井を眺める。
じっと座っていると、朝の静けさの中を当時の人々の声が迫ってくるようで、なんだか落ち着かず、ひたすら自刃した武士たちの魂の安寧を願う。

鷹ヶ峰はそれだけで終わりにし、周囲の散策もせず、大徳寺にも行かず、以前から行きたかった楽美術館へ行く。
ピンポイントで行きたい所を攻めた旅である。
楽美術館は、本当によかった。
すばらしかった。
光悦の「立峯」という赤楽が出ており、感動。
キャプションには「乙御前」との類似点が指摘されており、光悦が「自分の思い浮かべる茶器の形を執拗に追求した」のではないか、とあった。
それほど、「乙御前」とよく似ている。
楽家代々のお茶碗が展示されていて、それぞれの代の特色がよくわかる。
受付の紳士が、展示室に飾られた生け花に霧吹きで水滴をつけている。
女性用トイレには真紅のバラが活けてあったが、バラの花弁にもしっとりと吹き付けられた露。
日本料理でもこういう霧吹きの使い方をしますね。
「おもてなしのこころ」というか、いかに見るものを楽しませるか、という心意気なんだろうと思う。さすがだなあ、と思う。
その、受付の紳士にお昼ご飯のおいしいお店を紹介してもらって、少し遅い昼食。

昼食後は細見美術館。

楽しかったです。
ふふふふふ。

春の旅 相国寺・三月書房 [散 歩]

古い写真を整理していたら、去年の春の旅は3月22日であった。
前日に旧友と10年ぶりくらいに会って、「変わっていないねえ」なんて話をして、その翌日、MOA美術館へ行ったのだった。
見たかったのは「紅白梅図屏風」で、しかしそれ以外にもたくさんの展示物に心動かされ、嬉しい旅だった。
春の列車はなるべくゆっくり進むのがいい。
更にその前の年は高尾山に行ったのではなかったか。
列車の窓から、春めいてくる山並みや町の様子を眺めるのが、楽しい。

今年は年度末に京都へ行ってきた。
3月末に3日間。
行こう、と思い立ったその翌日に京都入りした。
前日の昼過ぎに、たまたまじゃらんで1件だけ、検索にヒットした宿があったこともはずみになった。

毎年年末に行っていた京都だったので、美術館が常に休館中だったのが、これまで残念に思っていたところ。ただ、年末は年末で、錦市場でお買い物をしたり、冬の京都のおいしいものがたくさん食べられたり、楽しいことはたくさんある。
今回は春の観光シーズンなので、(桜を見に行けばいいのに)美術館を中心に予定を立ててみた。
29日は京都駅到着後、相国寺へ。
有名な承天閣美術館があるのだけれど、残念ながら今回は展示替え期間中で、見たかった若冲の障壁画とか、宋達の屏風は見られず。
その代わり、春の特別拝観で「方丈」「法堂」「浴室」が見られる。
「特別」とは言っても、それほど拝観期間が限られているわけでもなくて、春と秋の二期の公開。
「法堂」の天井の鳴き龍がものすごい。
圧倒的な存在感である。
年々人間が素直になっている私は、法堂に入ってその龍を見上げたとたん、「わあ・・・・」と声を放って、しばし呆然としてしまった。
どの角度から見ても、龍が、それを見る人のほうを向いている。
不思議だ。なにか仕掛けがあるのではないかしらん。
須弥檀の近くで手をたたくと、その反響でぶるぶるとした空気の振動が返ってくる。
それが「鳴き龍」の通称の由来だ。
本来は「蟠龍(ばんりゅう)」と言う。狩野光信筆。

「方丈」を見に行くと、すでに庭には雪がちらつくさむざむしさ。
襖絵もみな面白いけれど、とにかく寒い。
もはや暦は春なのに、これだけ雪がゴージャスに降るというのもないものだ。

結局寒さに負けて、他のお寺などを回る気力が失せ(もともとあまり精力的なタイプではないのであった・・・)、前から行きたかった三月書房へ行く。
人文系・短歌俳句関連の書籍が充実している。
小さな店舗にぎっしりと本が収められており、印象としては神保町の古本屋さんの店構えによく似ている。
ただ、外見が似通っていても商っている本は新刊本。
本棚の本の並びを見ているだけで楽しくて、結局2時間近くもお店に居座ってしまった。
いくらか気になった本を買う。
買おうかどうしようか迷った本は、結局買わなかった。
それだけでも、私は相当努力しているのだ。旅行者として。
本は重いからね

出光美術館 麗しのうつわ展 [散 歩]

美術館に行くのは全然苦にならないのです。
仕事をするのはイヤなんだけど。

とりあえず腹ごしらえをしてから、と思って、池の端 藪蕎麦へ行く。
風情のある店構えに、さっぱりと気持ちのよい接客で、蕎麦好きが集まってくるお店らしかった。
男性の一人客があちらにもこちらにも座っている。
だいたいお酒を飲んでいるのだ。
一品料理をいくつか頼んで、自分の好きなペースで杯を重ねる。
おもむろに最後の〆として、ざる蕎麦を頼むのがツウらしい。
・・・でもね、私は普通に食べますよ。
昔から自分の嗜好は若者らしくないと感じてきたけれど、そろそろ脱若者ができそうな年になってきたのが嬉しくもあり、悩ましくもあり。
微妙なおとしごろなのである。
蕎麦はおいしかった。

出光美術館は学生時代からお世話になっている。
出光だったか、サントリーだったか、かつて青い陶磁器を集めた展覧会をしたことがあった。
あのとき出品されていた日本の江戸時代の酒器(お酒を入れて持ち歩くもの、コルク様のふたをする)の美しさが、10年(以上)経った今でも眼に焼きついている。
トルコの焼き物などもあの時初めて眼にして、「ずいぶん美しいものなのだな、、、、」とウットリしたのだった。

今回は収蔵作品を「日本やきもの名品展」と題してセレクト。
あらためてこの館が保有するコレクションの質の高さに驚かされるわけです。
乾山の和歌のお皿。
定家の歌を十二ヶ月の季節になぞりつつ、そのモチーフを絵にしている。鳥がいつも描かれており、静止画のなかに小さな生命があることで、少し変化が生まれるようだ。
百人一首の和歌皿も。
一首につき、2枚一組。全部で10客。
特に小野小町の「花の色は・・・・」のお皿が印象的だった。ただ山と桜だけ、描かれている。
それだけだけれど、じっとお皿を見ていると景が広がってゆくような感覚がある。おもしろいものです。
兄である光琳とコラボレートした絵皿もすごい。
光琳の描いた竹の葉の、今、筆をおいたような鮮やかさ。まだ湿っているようにも見える艶やかな筆跡が実にうつくしい。
重文「錆絵染付金銀白彩松波文蓋物」。
何がすごいって、その解説のキャプションが。笑
「金銀に染付け、まばゆい白彩を重ね、打ち寄せる波、風にゆれる松林とともに、うつわのかたちに昇華させた松風の音や、その清清しい香り、砂浜の手触りを思わせて、五感に響く傑作である。」
ポエムだな~。詩人だな~。
こうした感性豊かなキャプションが随所にあって、読んでいるだけで面白かったです。
残念ながら図録の解説はここまで詩的じゃないんだな。

仁阿弥道八の「桐一葉形皿」。
蒔絵の十種香道具。
衝撃的な美しさ、造形美であります。
この間、魯山人の展覧会を見てきましたが、彼はこういう旧くてうつくしいうつわをかなり模しているのだろうと思う。

猿投(なげ)窯からはじまって、瀬戸、美濃、唐津。
やはり私は黄瀬戸のやわらかな肌合いが好きだ。
美濃の志野。鼠志野のあたたかくも渋い味わい。
ほっこりと造りっぱなしたようなぬくみの、丸みのまさる造作。
唐津の厚み。
みんなみんないい。

肥前、鍋島、古久谷、柿右衛門。
古久谷の、びっくりするほど濃い緑。くねくねと不可思議に繰り返されるパターンに、イラストのようなポップな動物の絵。かと思えば、余白の美しい、一幅の絵のような絵皿もある。
大胆で、けれど飽かずいつまでも眺めていたい色彩の遊びが印象的である。

板谷波山の彩磁。
うすい透明なヴェールで包んだような、手の届きそうで届かない、そんな味わいの釉の、けれど形はあくでも芸術的に美しいうつわものが数点。
のどから手が出るほど「欲しい!!」と思うけれど、かなわぬことである。
この方の天目茶碗も2点ほど出ていて、なんとまあ、うつくしいこと。
ぽつぽつと出る斑の小さな上品さ。

長次郎「黒面翁」。「僧正」。
導入「酒呑童子」←銘がイイ!!笑 「此花」。
こういうものを見ていると、まあ、時代も違うけれど、光悦の茶碗がいかに芸術的か、ということがわかるようにも思うのです。形が全然違うのね。

ほかに目玉の重文「色絵芥子文茶壷」。
正月に見たシアトル美術館蔵の「竹に芥子図」(狩野重信)を思い出す。




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