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シャーロック [本-海外]

SHERLOCK / シャーロック [DVD]

シャーロキアンたちを、今とても悶えさせている英国BBC制作のドラマ
ドラマと言っても1話が90分あるので、ちょっとした映画のような感覚。
ワトソン君とホームズの出会いからシリーズは始まり、原作の「緋色の研究」(season1)や「バスカヴィル家の犬」(season2)など、数々の有名な作品をモチーフにした殺人事件の謎解きが毎回描かれるが、話の筋は別としても、ありとあらゆるところに原典からの引用が垣間見られて、本当にたのしいです。
舞台は現代のイギリス
ワトソン君が事件の記録をブログで発表し、ホームズはモバイルを駆使し、二人はタクシーに乗り・・・と、細部に制作者の工夫を感じますが、それ以上に、時代を経ても色あせることのないドイルの原作の魅力に再び感動します。
主演のベネディクト・カンバーバッチもエキセントリックな役柄をうまく演じていて惹きつけられます。
NHKの放送では吹き替えになっていたのですが、できれば字幕でみたほうがこの奇人ぶりが際立っておもしろい。さすがにシェークスピアの国の人らしく、セリフがオシャレで、特にホームズは韻を踏んでいたりして、聞いていてしびれます。(とはいえホームズの英語は時にものすごく早い。とても聞き取れません)

ついこの間season2の放映が終わり、しかも「最後の事件」を下敷きにしていた第3エピソードでホームズは死んでしまいました。
ファンは原作のその後の経緯を知っているので「どうやってホームズは生還したのか?」などといろいろ疑問がわいてくるのですが、その疑問に対するこたえは来年以降のseason3の放送を待たねばならないようです。
それでみんな悶絶している。

この長い長い待ち時間をどのように耐え忍べば良いのか?
気を紛らわすためにシャーロック・ホームズの周辺を逍遥するわけです。
コナン・ドイルの事件簿 DVD-BOX シャーロック・ホームズ誕生秘史

コンナ・ドイルとドクター・ベル博士を主人公にした推理ドラマで、やはりBBCの制作。
ドイルがワトソン君、ベル博士がホームズ、と見立てるとなるほどそのままホームズの物語と言ってもいい。
ドイルがベル博士をモデルにホームズを描いたことは有名な話ですが、ドラマには実際のエピソードというよりは、ホームズ作品からの引用というかコラージュがいたるところにちりばめられているので、創作半分+実話半分、といった脚本なのでしょうか。
例えば上述の「シャーロック」における最初のホームズ登場シーンでは、ホームズが死体を鞭打っているのですが、こちらのドラマでもベル博士最初の登場場面で、死体が鞭打たれています。
多分これ、『緋色の研究』でワトソン君が初めてホームズに会う日に、“ホームズは死体を鞭打ったりする(変わり者)!”という話を聞くところからの引用で、そうしたところを思い出しながら見られるのもファンには楽しいと思います。

もちろんホームズファンでなくても、作品そのものがしっかり作られているので推理ドラマとして十分楽しめます。
私はホームズのシリーズが好きで若い頃に何度か読みました。しかし現在、その内容はほとんど忘れてしまっているので、いつも初心でドラマを見ています。
19世紀イギリスの空気がよく伝わってくる映像も圧巻です。

逆さまゲーム、海 [本-海外]

海 (新潮文庫)

海 (新潮文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/02
  • メディア: 文庫


タブッキ、小川洋子。

タブッキを読んで、いつも切なく遠い気持ちになるのは、ポルトガル語で言うところのサウダージなんだな、と気づいた。

これって、日本語の「懐かしさによる切なさ」とか「憧憬による切なさ」に近いと私は思っていて、
あ、日本人の思いとポルトガル人の思いって重なるんだな
と思ったわけです。

物事の到達不可能性を思い知ることは、切なさを味わうことなわけだけれども、私はその切なさがとても好きなのです。

ポルトガルにまた行きたいな、とずっと思っているのは、サウダージが、街全体に漂っているから。
なのだと思います。


ちなみに小川さんの『海』も短編集。

アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは・・・』 [本-海外]


供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)




須賀敦子訳。
人生も半ばを過ぎた中年の男性が、若いカップルに出会うことによってその生き方を揺さぶられ、思いもかけぬ方向へと足を踏み出してしまう物語。舞台はリスボン。時代は世界が第二次世界大戦に入りつつある、緊迫の時期である。
ペレイラは小さな新聞社の文芸部長をしている男性。中年を過ぎるとありがちな、肥満などの健康上の諸問題を抱えている。妻はない。彼は本当に普通にどこにでもいる小市民的な描かれ方をしている。

私がこの作品に惹かれた理由は、おそらく須賀さんの訳が第一。淡々と描かれるポルトガルの風景、ペレイラの心情が、中年に設定された年齢の者が見るだろう実際の物事の見え方に非常によく合っているように思われて、本当にしみじみとよかったのである。
ポルトガルという国そのものも、すでに大航海時代をピークとして斜陽がかっている国であり(こういう表現は失礼だろうか)、そうした国のあり方とペレイラのあり方との不思議な合致もまた深くしみじみと切ない感興を催す。私はポルトガルのさびた部分がとても好きなのだ。

第二に、須賀さんの訳を通して見える著者タブッキに、個人的な思い込みで惹かれてもいる。彼はイタリア人ながらポルトガル語で小説を書いている。そういう所がまるで私の好きな多和田葉子氏じゃない~!とか思って。
母国語ではない言語で小説を書く、という行為はなんとなく屈折的な態度にも思われるんだけれども、越境ということ、それから自国の文化を遠くから眺めてみること、そういう視点を獲得できることへの憧憬が、私にはある。
日本人作家がドイツ語でものを書くのと、イタリア人作家がポルトガル語でものを書くのとでは、ずいぶん両者の言語の性質やら、作家の苦労やらも違うのだろうが、いずれにせよ別の箇所でも述べたとおり、私は言語に対して非自覚的な作家はいまいち信用できないと思っている部分もあるので。

そして最後にやはり、内容がよかった。これに尽きる。人生に諦念を抱いているようにも見える「文芸」を愛する人間が「死」のことについて考えをめぐらせ、また一方では若い情熱に自覚なきまま巻き込まれていくという、ペレイラの態度が、とても説得力のあるものであった。
本書はタブッキの最高傑作らしい。原語で読めればなあと思う。
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