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香川琴平編 3 [旅]

3日目。
宿は高松でとっていたので、またまたことでんに乗ってこんぴらさまへお参りに行く。
行かなければ。ここまできたら、神さまのところへ行かなければ。

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こんぴら宮へは石段を600何十段と登らなければならない。
600段程度なら、そんなにつらくないはずだと私は思っていたし、
それは帰ってきた今でも変わらない思いなのだが、 やはり上っている最中は足が痛くなってしまうものだ。
しかもあいにくの雨模様である。
朝から私のやる気はそがれた。
それでもゆっくりと坂道を上ってゆく。

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この坂道を上る、という行為が「神さま」の近くへ行くためには、 とても大切な行為なのだと思う。
一歩ずつ上っていくのだ。しかも高いところへ。それだけでも非常に象徴的な行為である。
「山登り」って、そういうことなんだな、と思う。
本宮へ到着しても雨はやまず、細い糸のような線を描いて、降り続く水滴。
日ごろの行いが悪いということか。仕方がない。

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本当は奥社まで行こうと思っていたが、天候を理由にして私はその計画を中止した。
下山はあっという間だった。
途中、書院造の建物で応挙の襖絵(あの有名な虎の絵など)を見られるところもあったのに、 私はなぜか
「ここには多分、また来ることになる」
という確信を抱いていて(根拠は何もない)、そのときにきっと襖絵を見よう、と思ったのだった。

高松空港へ行く途中で栗林公園を見学。

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長く生きてきた命のすごみがある。圧倒される。
ちなみに赤壁の戦いにちなんで名づけられた「赤壁」もあって、面白かった。
藤の花盛り。

香川琴平編 2 [旅]

2日目。

高松から「ことでん」というローカル電車に乗って琴平を目指す。
トコトコと進む電車で約1時間。
車窓を、田舎ののどかな春の風景が過ぎていく。
外は曇っていて、あいにくの寒空。
しかし幸い 雨は降っておらず、琴平へ着くと電車に乗っていた乗客はみな、一様に芝居小屋を目指して歩き始める。
あんなに意気消沈していた私も、お芝居ののぼりがはためく坂道を登ってゆくうちに少しずつ興奮が高まっていった。
こういう感覚が、楽しいのであった。
初めて目の当たりにした金丸座に、感動で心がうち震える。
「ここでお芝居を見られるのだ!」
という思い。この芝居小屋は、現存するもののなかでは日本で最も古いものである。

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私の午前の席は「出孫席」といって、桟敷の前に設けられているもの。
ひとつの「出孫席」に3人が座る。
もちろん椅子などはなく、座布団が3枚、それとなく敷かれているだけだ。
席へと案内してくださったお姉さんに「どこへ座れば?」と、支持を仰ぐ瞳を向けるも、
「どの座布団でもお好きなところへ」
と言われてしまう。
さては早い者勝ちで、この席は決まってしまうのだな、と判断。
3つのうちの真ん中に私は陣取った。
のちに東京からいらっしゃったというお2人連れがこの枡の仲間となり、お二方が並んで座れるようお席(?)を譲って、私は舞台よりの座布団へ移動。
相席となったこの女性方と、第二部と一部との間におうどんを一緒にいただく。
そのころにはもう、雨がざあざあ降ってきていてとても寒い。
温かいおうどんが冷えた身体に染み入るようである。

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出孫席では、平場の客席より高い位置から舞台を臨める。
金丸座は舞台の高さと客席との高さとの差がほとんどないが、出孫席は座っている位置がそのまま、仮花道の高さであった。
午後の部の席は平場の升席。一つの枡内に5人が座る。
とにかく、狭い!

あらためて会場の中を見渡してみても、金丸座は本当に小さな芝居小屋である。
江戸時代の人々がどれほど小さな体であったか、疑問に思うほど、小さい。
そうしてその芝居小屋の中にぎゅうぎうに押し込められて、客席と舞台のとっても近い場所で、人々は役者を眺めるのだ。
人いきれがムッと熱いような、そんな密度の高い空間が現出する。
役者のせりふはものすごく生々しく聞こえるし、何より、役者の足くらい簡単につかめそうなほど、舞台は近い。
これってすごい空間だ、と思う。
たましいがわしづかみされてしまうくらいの、芝居との近さが、この芝居小屋にはある。
まだお芝居は始まっていないのに、私は早くも興奮が止まらない。

歌舞伎の内容については観劇記で記そうと思うけれど、金丸座は本当に楽しかった。
苦しかった。(おしりが痛くて痛くて)
そしてさむかった。(昔の建物なので障子の向こうは外。そしてその障子もかなり頻繁に開け閉めされるのである)
ああ、昔の人は本当に寒い生活よなぁ、と、私は近代以前の人々の暮らしを思うにつけ、自分の貧弱さと忍耐力のない冷え性を反省するのだが、 「冬はつとめて」なんて、清少納言もよく言ったものだ。
私にとっては木炭が燃え尽きてぷすぷすしているのだって、暖かければノープロブレムですよ。
とにかく、江戸時代の人々の生活も、相変わらず寒かったであろう。
それを思えば、ほんの数百年で急激に人類は生きる力と耐える力を失っているよなぁ。

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香川琴平編 1 [旅]

4月。
以前からどうしても一度は行ってみたかった香川県琴平町のこんぴら歌舞伎に行ってまいりました。
現在の私は田舎に住んでいるので、本当に道程が長くて大変だった。
田舎 to 田舎。
片道実に5時間 くらいをかけて金毘羅まで参ったのでございます。
(しかし往路で時間がかかったわりには、復路で実質時間が 短くてびっくりする)
仕事もとても忙しい時期であったし、疲れもあったりして、往路飛行機の中では
「なんでこんなことしてるんだ、私は・・・」
と、自分を呪うため息ばかりが出て仕様もない。
忙しさのあまり本屋さんへも行かず、あらかじめガイドブックを買うこともできず
空港の売店でかろうじて「たびまる」シリーズの四国編をゲット。
そんなぐだぐだ無気力旅行の一部始終の記録です。

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1日目。
午後の仕事を何時間かお休みして、19時05分羽田発の飛行機にて一路四国へ。
通常であれば1時間程度のフライトが機械の故障で1時間遅れ。
なんと2時間も飛行機の中に 閉じ込められていた我々乗客である。
高松に着いてから夕食をいただこうと思っていたのに、時間が遅くなってしまって、それができなかった。
ホテルのフロントで「これから食事ができるところ」と言って教えてもらった「ライオン通り」
(商店街の一角、 飲食店街である)は、けっこう大衆居酒屋さん的なお店が多く、
とても女一人で入れそうなこじんまりとした 居酒屋さんもなさそうである。
すごすごホテルへ舞い戻り、空港で買っておいたお弁当を食べる。
地元の人と話をしてみたかった。
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